日本毒性学会学術年会
第49回日本毒性学会学術年会
セッションID: AWL1
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学会賞・奨励賞
有機ヒ素化合物の長期毒性・発がん性機序の研究
*鰐渕 英機
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抄録

 無機ヒ素は疫学的に皮膚、肺、膀胱、肝などに発がん性が認められており、国際がん研究機関(IARC)によりグループ1(ヒトに対する発がん性が認められる)に分類されている。現在、ヒ素汚染土壌及び井戸水を介したヒ素の慢性ばく露による毒性、特に発がんリスクが世界的に問題となっている。我が国においても、ヒジキなどの海産物や米由来の無機ヒ素を少量ながら摂取しており、その発がんリスク評価が極めて重要である。しかしながら、発がんリスクを評価することは疫学研究のみでは不可能であり、動物実験モデルによるヒ素の発がん性リスク評価が喫緊の課題であった。

 我々は、無機ヒ素の主な代謝産物であるdimethylarsinic acid (DMA)に着目し、種々の動物実験モデルを用いて、DMAが膀胱発がん性および種々の臓器発がん促進作用を有することを世界で初めて証明した。さらに、その膀胱発がん性および発がんプロモーション作用の機序に、酸化的DNA傷害および細胞周期制御関連遺伝子の発現異常が関与すること、またDMAの上流代謝物であるmonomethylarsonic acidおよび下流代謝物であるtrimethylarsenoxideにも肝発がんプロモーション作用を有することを明らかにした。これらの知見は、ヒ素がヒトに発がん性を示すことを証明するものであることから、IARCは2004年にDMAの実験動物における発がん性が明らかであることの判定を下した。さらに我々は、種々のヒ素化合物のラット膀胱発がんに対する修飾作用を比較し、膀胱腫瘍の発生と正に相関する尿中新規含硫ヒ素代謝物であるdimethylmonothioarsinic acid (DMMTA)を同定し、DMMTAはDMA誘発膀胱発がんにおける原因物質の1つであること、無機ヒ素にばく露したヒトの尿中においても検出されることから、ヒ素膀胱発がんのリスクマーカーとして有用である可能性を示した。

 近年、妊娠期や乳幼児期のヒ素ばく露によって成人後に発がんリスクが高くなるとの疫学研究がなされている。我々はDMA胎仔期ばく露による次世代への影響について検討し、DMA胎仔期ばく露により出生した雄マウスの肺および肝臓において、がん発生が増加すること、そしてその発がん機序にヒストン修飾異常といったエピジェネティックな異常が関与することを明らかにし、成熟期とは異なった発がん機序を突き止めた。同様に有機ヒ素化合物であるdiphenylarsinic acidにおいても、成熟ラット及びマウスでは発がん性を認めないものの、その胎仔期ばく露により雄マウスに肝臓のがん発生が増加することを証明した。興味深いことに、その発がん機序にもエピジェネティック異常が関与することが明らかとなった。エピジェネティック異常はがんの発生早期から発育進展にいたるまで、その特性に大きく影響を与えていることが知られている。我々の成果から、ヒ素のばく露早期よりエピジェネティック異常が亢進し、発がんに寄与することが明らかとなった。

 このように、我々はDMAをはじめとする種々のヒ素代謝物の発がん性を明らかにし、困難であったヒ素の発がん性を実験的に証明してきた。これらの研究で得られた知見は、今後ヒ素発がん機序のさらなる解明のみならず、ヒ素の健康影響評価に大いに寄与するものと考えられる。

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