日本毒性学会学術年会
第49回日本毒性学会学術年会
セッションID: AWL2
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学会賞・奨励賞
薬物代謝酵素により生成する脂肪酸代謝物が有する神経毒性修飾作用に関する研究
*大黒 亜美
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抄録

 我々は常に、生体にとって毒性を示す可能性がある環境中や食品中の化学物質に晒されており、これらを完全に避けて生活することは困難である。特に神経毒性物質は、脳疾患や仔の脳発達異常に関わる可能性があり、これらから脳神経を保護する物質の探索や作用機序解明は必須である。現在、サプリメントとして販売されていたり、乳児用の粉ミルクにも添加されているドコサヘキサエン酸(DHA)などの多価不飽和脂肪酸の摂取は、脳の発達や正常な脳機能維持に重要であり、神経保護にも有効であることが報告されているが、その作用機序は十分には明らかでない。私は、成マウス及び成ラットにDHAを摂取させると、脳内のDHA量は変化しない一方で、DHAからチトクロームP450(P450)及び可溶性エポキシド加水分解酵素(sEH)によって生成するDHAジオール体(DHDP)が増加していることを見出した。そこで、私はDHAの摂取効果について、生体内で生成するDHA代謝物の生理活性に着目してその作用機序を明らかにすることを目指した。

 農薬の一種であるロテノンは、生体に暴露することでパーキンソン病様症状を引き起こすことが知られている。ラットにロテノンを投与すると、運動機能低下や、線条体におけるチロシンヒドロキシラーゼの低下及び酸化ストレスの増加が見られた。一方でDHAを予め餌の総脂質の4%となるように添加しラットに摂取させたところ、ロテノン投与により引き起こされるこれらの症状が抑制されることが示された。しかし、DHAと共にsEHの阻害剤であるTPPUを共に摂取させたところ、これらDHAの摂取効果が抑制されることが示された。またDHA摂取群では、線条体におけるSOD1やカタラーゼなどの抗酸化因子の発現量が増加していたことから、それにより酸化ストレスを抑制したと考えられる。しかし、これらの作用もまたsEH阻害剤より抑制された。これらの結果は、DHAの摂取効果において、P450及びsEHの代謝物であるDHDPの作用が重要である可能性を示している。実際に初代神経細胞において、19,20-DHDPは転写因子Nrf2を介して抗酸化因子の発現量を増加させることが示され、DHA摂取によるパーキンソン病症状の軽減効果について、その代謝物であるDHAジオール体が重要であることが示された。

 またDHAは青魚に多く含まれているが、魚介類にはメチル水銀等の脳発達に悪影響を与える毒性物質も含まれており、妊婦による魚介類の多量摂取は仔の神経毒性影響が懸念されている。私は、メチル水銀が及ぼす神経毒性もDHA摂取によって軽減されることを明らかにしており、さらにDHA代謝物であるDHDPは、DHAよりも効果的にメチル水銀の毒性を軽減できることを見出した。またDHDPは胎盤や母乳を介して母親から仔の脳へ積極的に移行していることを明らかにし、妊婦のDHA摂取がその代謝物の作用を介して、メチル水銀暴露による仔への神経毒性の軽減において有効であることが示唆された。実際に母マウスにDHAを摂取させると、仔の脳内19,20-DHDPが顕著に増加し、メチル水銀暴露による仔の運動機能低下や記憶能力低下が有意に軽減されることを明らかにした。これらの研究は、DHA代謝物の新たな生理活性をとして神経毒性軽減作用を見出したものであり、DHAのみならずDHA代謝物の摂取や乳児用ミルクへ直接添加することでより効率的な毒性物質からの神経保護効果が得られることが期待される。今後はDHA代謝物の直接的なターゲット探索を含め、さらに詳細な作用機序解明に取り組みたい。

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