主催: 日本毒性学会
会議名: 第49回日本毒性学会学術年会
開催日: 2022/06/30 - 2022/07/02
人新世は,ごく最近始まった地質時代区分の名称として提唱されている言葉で,一言で言えば人間活動の規模に比較して相対的に地球が小さくなった時代ということになる.この人新世において毒性学の取り組むべき新たな課題について,プラネタリー・ヘルスという概念を紹介しつつ考えてみたい.プラネタリー・ヘルスとは,「地球と生態系の健康」と「ヒトと人間社会の健康」という2つの健康を考え,両者の相互依存する関係を定量的に明らかにし,両者が持続可能になるような方策を見極める研究・実践をまたぐ枠組みである.
地球の大きさが相対的に縮んだことは,2つの点で毒性学と関係してくると考える.第一に環境中に放出された物質は,拡散・希釈されても環境中から消失するわけではない.したがって,環境中の物質の分布と(代謝されることによる)消失のスピードとが問題になることであり,様々な空間・時間スケールの中での物質の環境動態と.そこに生息する動植物の生態とを両睨みするような研究が必要となる.(従来の毒性学とは離れているが,CFCsによるオゾンの枯渇,GHGsによる気候変動なども物質の偏在が引き起こした問題である).第二に狭くなった地球にはヒト以外の生物が多数住んでおり,ヒトと環境を共有しており,また様々なタイプの生態系サービスを介してヒトの健康や社会にも影響を与えている.したがって動植物になんらかの毒性影響が及ぶ場合,それらの生物の生存や健康が問題になると同時に,生態系サービスの低下による人間社会への影響も考慮する必要がある.これらの課題はいずれも実験室における毒性学の知見を踏まえつつも,環境や生態系の数理モデルを用いたり,実際にフィールドに出てデータをとったりというアプローチが必要になってくるだろう.人新世の毒性学は忙しくも魅力的な挑戦に満ちた分野であり続けるに違いない.