日本毒性学会学術年会
第49回日本毒性学会学術年会
セッションID: S17-1
会議情報

シンポジウム17
AI -SHIPSプロジェクトの意義 ~開発背景、設計思想、および今後の展開について~
*船津 公人
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

データ駆動型化学の世界では、化学物質のさまざまな特性や物性の予測が行われるが、なかでも一般化学品の毒性予測は大変ニーズが高い半面、技術的には難しい分野であり、長年の開発にもかかわらず、決定版といえるシステムはいまだ生み出されていない。2017年6月から、経済産業省プロジェクト「次世代型安全性予測手法の開発」(AI-SHIPSプロジェクト)がスタートしたが、この2022年3月で終了した。システムはすでに利用可能な形となっており、毒性発現メカニズム基づく毒性予測を実現させるためのそのユニークな発想と予測精度の高さで、国際的評価も高まっている。世の中に流通している化学物質については化審法によって特にラットによる28日間反復投与毒性試験が課せられており、これが化学物質を開発、製造する化学系企業にとっては大きな負担となっているとともに、この負担が先々想定されることから、新規に開発する化学物質候補の数を抑制する現実がある。一方、一般化学物質の毒性予測に関する社会的要請は今後ますます強まると予想される。その背景のひとつは国際的な動物愛護の理念である3Rの原則(代替、削減、改善)の徹底が求められてきていること。すでに欧州の化粧品分野では、その原料も含めて動物実験が禁止されている。将来的にはあらゆる分野で、動物実験で安全性を評価した化学物質を含む製品は、市場で買ってもらえなくなる可能性もある。

もう一つは、安全性試験にかかる期間と費用が大きな負担になっているという点だ。新規な化合物を開発したとしても、動物実験などを行って安全性を評価するために約3年の期間が必要であり、総研究費の約20%がそれに当てられていると言われている。画期的な機能性化学物質を早期に市場投入し、国際競争力を確保するためには、こうした安全性評価プロセスを加速することが重要な要素になる。さらに、新規化学物質の開発への近年のマテリアルズインフォマティクスの積極的応用により候補材料は提案されるようになったが、具体的な開発に着手する前にそれらの候補の安全性スクリーニングを実施することで化学物質開発の間口を広くとることが可能となる。

従来の構造活性相関(QSAR)による毒性予測は、分子構造と毒性との関係を直接モデル化したもので、学習に使用したデータセットと異なる系統の化合物に対しては信頼性のある予測ができなくなることが多く、全体としても予測精度は低かった。とくに、どのような理由(機序)で毒性が発現するかがモデルとしてブラックボックスであり、予測結果を手放しで受け入れることは難しかった。これに対し、AI-SHIPSでは、講演者の船津が世界で初めて提唱した“3層モデル”(図1参照)を組み込んだところに革新性がある。生体内のADME(吸収・分布・代謝・排出)を考慮した動態学的アプローチと、遺伝子発現や細胞内のタンパク質の活性に基づく分子生物反応的アプローチ、さらにAI的アプローチを統合することにより、毒性発現メカニズムを考慮したAOP(有害性発現経路)ベースの毒性予測を可能にした点で画期的である。

プロジェクト終了後も、貴重な我が国の財産として育てて広め、活用を図ることが重要だろう。

著者関連情報
© 2022 日本毒性学会
前の記事 次の記事
feedback
Top