2025 年 9 巻 2 号 p. 85-93
本研究は、オートエスノグラフィー(AE)が質的研究として制度化される現状に対し、方法論的・理論的・倫理的・制度的観点からの包括的な批判を試みる。AEは「語りの正義」や「周縁の声の可視化」を掲げるが、その過程で科学的知識に求められる基準―方法の透明性、理論的抽象、反証可能性、他者との対話、制度内評価―を構造的に回避している。本研究は、AEがいかにして批判不能性と評価不能性を制度的に内在化し、質的研究の基盤を掘り崩しているかを、哲学・社会科学・科学論の理論を援用しながら論証する。そのうえで、AEの語りを表現として尊重しつつも、学術的知識としての「研究」とは区別されるべきであると結論づける。