抄録
本稿では,「ミルクボーイ」による漫才の構造を分析した。そして,彼らの漫才とディベートの間に類似点と相違点があることを指摘した。ディベートとの類似点は,ある論題に関して,肯定側と否定側で三角ロジックを組み,立論の検討が行われることである。一方,ディベートとの差異は,肯定側と否定側が対決せず,共同で双方の立論について交互に検討することである。日本語会話は,英語圏の対話と異なり,相手の発言を互いに補完しつつ共同して会話を進行させる「共話」という特徴が指摘される。ミルクボーイの漫才に見られる話者2人が共同的に三角ロジックを形成し,互いに納得できる結論を探るプロセスは,日本語の日常会話に近似した議論の方法の一形態と考えられる。