文化人類学研究
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Print ISSN : 1346-132X
特集論文
医師化すること
藤田 和樹
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2022 年 23 巻 p. 6-23

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抄録

 医師は医学部で膨大な医学的知識を学び、病棟実習を経て医師となる。しかしこの過程がもたらす変化について、医学の内部にいる医師自身は自覚していない。私は医学部在学中に古典を中心とした文化人類学の教育を受け、医学生そして医師へとなったという点で稀有な背景を持つ臨床医である。そして自らや周囲に起こる変化をメモし、フィールドノートとして振り返ることを繰り返し、医師になる過程を「医師化」と名付けて考察してきた。医師化には医学を追い求めることにより診療技術が向上し、他の医師・医療職との円滑なやり取りによる医療の効率化や最適化を得られる利点がある。一方で、生物医学モデルは科学的な視点で構成されているため、患者の生活から遠ざかる側面があり、生物医学モデルが適合しないケースでは医療としての展開が阻害されるという問題がある。私は生物医学モデルでは解決が困難な現場での問題を人類学的視点で捉え直すことで、自らの視点や問題設定そのものが変わり、解決に必要な資源を見出し、課題が解消できることを経験してきた。人類学の医学への適用は、①現場で実践するフィールドワークを中心にした学問であることと臨床医の日常的実践との親和性の高さ、②現場に資源を見出そうとする効率の良さがあり、また③自身の相対化により医学的な限界を乗り越える可能性や、④医師自身のサファリングの解決の糸口をもたらし得る。本稿の特徴は医師自身が内部から医師になる過程を考察し、医学生から医師になって以降までを観察対象に入れたことである。そして医師としての専門化を必ずしも否定的には捉えず、むしろ変化とその持つ意味に対して自覚的であることによって、医師自身を助ける可能性があることを示した点である。医療現場というフィールドにおいて、自覚的な医師化に邁進しながら、一方でそのカウンターとして医師化しない領域を意図的に拡張し続ける医療実践を報告する。

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© 2022 現代文化人類学会
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