抄録
本稿では横光利一のマルクス主義思想の受容と感覚概念の形成を検討した。その際、マルクス主義思想では本来、批判の対象であるはずのフェティシズムを横光が好意的に捉える理由に着目し、そのこととプロレタリア文学者の蔵原惟人によるフェティシズム批判を比較した。蔵原は物質に階級格差を見出し、感覚という語を階級意識という意味で用い、思想の伝染性を駆使して階級闘争の実現を図る。一方、横光は人間や物質間で伝染しあう感情の知覚を重視する。ここから二人は物質主義及び感情・思想を伝染という観点から捉える点で接近するが、文学を大衆啓蒙の手段とする蔵原に対して、対象との一体感自体を言語化しようとする点に横光の感覚概念の独自性があると結論づけた。