アートを高次脳機能および精神科医療から眺めてみた。特に精神科外来におけるアートとその評価について考えてみた。高次脳機能からは左右の脳機能とアートとの関係,精神科医療からはアートと関係する外来通院患者について,さらにはバウムテスト,レビー小体型認知症や発達性相貌失認における視覚認知障害,認知症の人の作品の評価についても触れた。また,認知症における行動観察方式AOS(Action Observation Sheet)も紹介した。敦賀温泉病院における筆者の精神科外来では,様々な形でアートが活躍してきた。外来でアートを続けている皆さんはより健康な状態(サルトジェネシス)の観点からみると,ウェルビーイング(心理的,社会的幸福感)が向上しているように思えた。
本稿では,認知症のアートセラピーの発展に向けて,認知症のアートセラピーとエビデンスを報告する。まず,認知症のアートセラピーのメカニズムを述べた。次に認知症のアートセラピーのコクラン・ライブラリーの結果を述べた。メカニズムからアートセラピーの基本となるものは,パーソン・センタード・ケアとウェルビーングの向上であった。コクランによる認知症のアートセラピーのエビデンスの質は「非常に低い」であった。認知症のアートセラピーでは,無作為化比較試験(RCT)は方法論的に限界がありエビデンスの検証が困難であるため,観察研究やナラティブなアプローチの視点に変えることで,エビデンスを補強できる。
認知症ケアを端緒とする臨床美術が様々なニーズへ実践を広げてきた中,どのような指標を持って効果を示すべきか。包括的プログラムの総体としての効果を明示する必要性がある一方,様々なファクターの各々の検証も必要である。社会的にエビデンスが求められると同時に,数量データでは測りきれない個の生に関わるナラティブとしての質的検証も臨床美術の理念から欠くことはできない。本稿では多角的な視点から臨床美術の効果を指し示す糸口を整理し,課題を明確化する。
本研究では,大学生を対象に臨床美術アートプログラムを個別に行い,快の感情の変化と相互交渉における自発的な語りの特徴について,探索的に検討したものである。その結果,感情の変化については対象者すべてに「親和」の感情が増加する傾向が見られた。快については,1)「非活動的快」が増加する,2)「非活動的快」「活動的快」が増加する,3)「活動的快」が増加する,の3つのグループが見られた。語りについては,対象者すべてにおいて共通する流れが見られたが,彩色部分における語りの内容は,①自己と他者(家族),②自己と他者(友人),③自己と感覚(感じ方・自然など),④自己(好きなこと・考え),に分岐した。内容が①自己と他者(家族)であった対象者では,快の変化において「非活動的快」が増加していた。語りの内容が④自己であった対象者では「活動的快」が増加していた。語りにおいては,五感の感覚想起をきっかけに想起される感覚記憶について焦点が当てられた直後に,日常で特に言語化されなかった曖昧な気持ちや感情に関する発話が見られることが示された。
臨床美術では,アートプログラムを実施する際に,何かを「きっかけ」にして展開する工程が多く見られる。これらの制作工程は,臨床美術の特徴の一つであり,臨床美術を理解する意味において重要な工程でもある。本論文では,特に「きっかけ」という言葉を使用しているアートプログラムを抽出し,制作の「きっかけ」になる,つまり「基(もと)」になる要素によって類型化を行い,二つの大きなグループに分けられることが分かった。このような類型化はアートプログラムを理解し,発展するための新たな視点を提供する研究に繋がる。
〈いきいき感〉の自己評価アンケートは,北澤晃氏が考案し「臨床美術のセッションの効果検証の指標としていくとともにこのアンケートを通して自己評価を定期的に行うことで,個々人が,〈いきいき〉感を高める態度を涵養し,〈生きる〉ことの浮揚力を引き出す指標として活用できる」1)と述べてデイサービスの現場で用いている。北澤晃氏は,デイサービスの利用者を対象にアンケート調査を行っていたのに対して,筆者は一期一会の方も多いワークショップの参加者を対象に,制作体験を振り返り臨床美術の印象を深める手掛かりとなることを期待して,ワークショップのアンケートとして取り入れた。多くの体験イベントの中から臨床美術を選び参加された方を,臨床美術士は,「いてくれてありがとう」の存在論的人間観をもって関わるが,参加者がどのような思いを持って臨床美術の場を後にするのかは計り知れない。しかし参加者の心情を知る手立てがあれば,臨床美術士の振り返りと共に,今後のアプローチの手段を検討する素材として有効であると仮設した。以上の経緯によって記録した資料と共に,〈いきいき感〉の自己評価アンケートをワークショップアンケートとして応用する事への考察を行う。
実践女子大学と印刷博物館の社会連携プログラムの一環として芸術造形研究所も参加し,実践女子大学生活科学部生活文化科長崎研究室の「自閉スペクトラム症児のための包括的発達支援プログラム」内で6回にわたり1名の自閉症児の男児に臨床美術を実践した。本報告では,臨床美術士として自閉症児に対しての臨床美術のアプローチを実践・検証し,表現活動をする上で,留意すべき事項について考察する。
芸術は,無から有を創造する生命の活動である。芸術療法は,これを精神保健医療福祉のリハビリテーションに応用したものであり,利用者が造形のプロセスで己の心に生じる喜びにふれて,人生に生きる力を取り戻す一助となっている。利用者は,芸術療法の実践で癒され気づきを得るが,このプロセスで過去の認識をリフレーミングして新しい自分を誕生させる。このようにして,自己と社会との関係性を再構築していくことができるようになる。厚生労働省の2004年の発表によれば,2人に1人は過去1ヶ月間にストレスを感じていて,生涯を通じて5人に1人は精神疾患にかかると言われている。芸術療法の実践を通じて経験される気づきとレジリエンスは,先行きが見えない不確実性の時代を生き抜く上で大きな力になるものと思われる。
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