1993年にイギリスで初めて馬ウイルス性動脈炎(EVA)の発生があってから,アメリカでも比較的大規模な流行がアーリントン競馬場のサラブレッド馬群にあいついで認められた.過去数10年の間,イギリス,アイルランド,オーストラリア,ニュージーランドそして日本はEVAの数少ない清浄国として考えられていたが,1990年代に入ってから血清学的調査の結果,オーストラリアとニュージーランドがEVAの汚染国と見なされるようになった.最近,繁殖や競技を目的に,多くの馬が国際間を移動しているが,このような状況から,海外伝染病が清浄国に侵入する機会が増えるとともに,侵入した場合は清浄馬群に対して広範な流行をもたらすことが危惧される.そこで,EVAの清浄国に本病が侵入した場合に,その被害を少しでも抑えるための有益な情報となるように,これまでに知られているEVAの臨床所見,診断法そして予防法についてまとめてみた.
しかしながら,EVAの臨床症状は非常に多様で,臨床鑑別ははなはだ困難である.そこで血清学的あるいはウイルス学的な診断法が用いられるが,一般的には補体添加による中和試験によって診断される.一方,補体結合(CF)反応では,感染後のCF抗体価が早期に低下するため,CF抗体を検出することによって最近の感染を知ることができる.ウイルス分離については,流産発生時の流産材料からは効率良く分離されるが,EVA流行時に採取したその他の野外材料からのウイルス分離は必ずしも容易ではない.この点で,最近開発されたポリメラーゼ・チェイン・リアクション(PCR)法は感度,迅速性ならびに特異性に優れ,大いに期待される診断法である.しかしながら,新たに分離されたウイルスの諸性状を解析するためにも,組織培養によるウイルス分離法の改良が望まれる.現在,EVAの予防のため生ワクチンならびに不活化ワクチンが開発されており,生ワクチンはアメリカで野外応用され,その予防効果が実証されている.しかしながら,両ワクチンとも攻撃試験の結果,短期間の少量のウイルス分離成績ならびに感染部位の限局化などから感染ならびに流行の抑制効果は認められるが,完全に感染防御を果たすものではない.これまでEVAウイルスの遺伝子構造および構成蛋白について多くの研究がなされ,最近はモノクローナル抗体を用いたウイルス蛋白の機能解析が盛んに行なわれている.これらの成績は,今後のEVAの診断法やワクチンの改良に有益な情報を提供するものと思われる.現在のところ,ワクチン接種馬は野外感染馬と同様に血清反応は陽性を示すことから,国際間の馬の移動でEVAの抗体陽性馬の処置について問題となっている.最近,その対応策として生ワクチン接種馬については,実験的に生ワクチン株と野外株を用いた中和試験によって抗体価の差をみて識別することが可能となり,また分離ウイルスについては制限酵素を用いたPCR法によって識別できるようになったが,なによりもワクチン接種馬としての特異的なマーカーを有する有効なワクチンの開発が急がれている.
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