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技術・用語解説
公開日: 2024/07/11
更新日: 2025/04/16
57 巻
(2010)
6 号
p.
273
公開日: 2024/07/11
筋電位
神山 かおる
筋細胞(あるいは筋線維とも呼ぶ)が収縮活動するときに出される活動電位を筋電位と呼び,これを記録したものを筋電図という.古くから動物やヒトの生理学研究で用いられてきたが,近年,食品物性の研究にも応用され,食品を食べている時の咀嚼筋の筋活動が筋電位計測により解析されるようになった. 筋電位には,針や細いワイヤー状の電極を筋細胞に直接刺して記録する方法と,目的とする筋肉上の皮膚に表面電極を貼り付けて導出する方法があるが,食品研究には,非侵襲的な後者が用いられることが多い.倫理的な問題が解決できても,痛みを伴う針電極では,普通の咀嚼運動が行いにくくなるためである.測定対象となる筋肉は,咀嚼筋の中でも,咬筋,側頭筋等の,顎を閉じたり,噛みしめたりするときに使われる閉口筋が一般的である.例は少ないが,開口筋や舌や頬の筋肉の筋電位を用いた研究もある. 表面電極により得られた閉口筋の筋電位は,下顎を閉じる,すなわち噛みしめる動作毎に,筋活動が現れ,安静時や顎を開く時には,ほとんど電位が現れない.そこで,一回噛む毎の,筋電位振幅,筋活動時間を解析したり,食品咀嚼過程全体の咀嚼回数や咀嚼時間を計算したりできる.かたい食品を噛むときには,筋電位の振幅は大きくなるので,より強い咀嚼力を必要とする食品,噛みにくい食品が数値で表現される.また筋電位の時間積分値は,筋肉が行う仕事に相当するものと考えられており,咀嚼始めから嚥下までの筋電位を時間積分した値は,咀嚼仕事の感覚量とよく一致することが知られている.ヒトは咀嚼力が無理なく出せる,おおむね最大咬合力の20%くらいまでの範囲では,かたい食品ほど咀嚼力を上げるため,筋電位振幅が大きくなる傾向にある.それを越えると,一噛みの力を変えずに,咀嚼回数を増やしたり,咀嚼リズムを遅くしたりといった,時間で制御する咀嚼を行うようになるので,筋電位から食べにくい食品を検出することができる. 食品の研究開発で用いられている機器による力学測定は,食べる前の食品の物理的状態を調べている.咀嚼中に,食品は小さく砕かれ,また唾液と混ぜられて,水分や温度も変わる.したがって咀嚼中に大きく変化する食品の力学特性により,時々刻々と変化していくヒトのテクスチャー感覚を表すためには,筋電位測定等のヒトの咀嚼計測は大変有効な手段である.食品による差は,咀嚼初期に大きく,咀嚼中に徐々に減少していくが,それでも異なる種類の食品では,嚥下できる状態になった食塊の物性も大きく違っている. また,テクスチャー感覚には,食品の硬さや粘性等の物性と,大きさや量の両要因が関係している.機器では後者の分析が難しいのに対し,筋電位データからは,一口に入れた食品量,切り方の影響等も解析できる. 官能評価では他人の感覚は調べられないので,食べている人の個人差の解析をするには,筋電位等の咀嚼計測の方が向いている.咀嚼能力は,小児期に訓練によって発達し,高齢期になると加齢に伴う筋力低下,または歯の欠損や持病によって衰える.個人の咀嚼の特性を解析するために,咀嚼筋の筋電位は,歯科医学領域で長く活用されてきた. 筋電位法の欠点としては,一般に食品間の差よりも個人間の差の方が大きいために,食品テクスチャーの分析を行いたい時には,解析に工夫が必要なことであろう.また,小児や高齢者等,テクスチャーを食べやすく制御した食品を要するような対象者では,若年成人に比べ咀嚼運動が不規則になりがちなため,より解析が困難である. 筋電位測定値に大きな個人差があっても,同時に測定した一被験者による食品間の相対値は,年齢や性別,歯の状態が変わっても,比較的一致することが報告されている.当誌でも,食品テクスチャーや噛みにくさの解析に関して,最近論文が増えているが,筋電位は,装置も比較的安価で測定も難しくない,新しいテクスチャー解析のツールである.
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57 巻
(2010)
5 号
p.
224
公開日: 2024/07/11
難消化性澱粉
松木 順子
1982年,Englystらは,アミラーゼ耐性澱粉を難消化性澱粉resistant starch (RS)と名付けた.現在では,1992年EURESTA (RS摂取の生理学的意義に関するヨーロッパ農産業食品関連研究共同作業部会)で定められたRSの定義「健康なヒトの小腸内での酵素消化作用を逃れる澱粉および澱粉分解産物の総量」が広く受け入れられている. Englystらは澱粉を消化性別に3種に分類し,さらにRSを要因別に3種1) (後にBrownらにより4種2) )に分類した(表).RS1 は細胞壁などで物理的に閉じこめられて,消化酵素が接触できない状態のものである.RS2 はX線結晶回折図形がB型を示す生澱粉である.澱粉粒に穴が少ない,結晶部分のアミロペクチンの側鎖長が長く分岐が少ないことなどがRS2 の難消化性の原因と言われるが,詳細は未解明である.RS3 は,一度糊化した澱粉が再結晶して安定な構造をとるようになった老化澱粉である.湿熱処理澱粉,パーボイル加工澱粉,プルラナーゼ処理澱粉なども含まれる.RS4 は化工によりエステル架橋,エーテル架橋などを施して消化性を低くしたものであり,食品加工後も難消化性を保つことができる. RSの定量は,消化性の澱粉を取り除いた後に残る非消化性澱粉を定量して行う.Megazyme社が販売しているRS測定キットは,AOACおよびAACCの公定法として認められている. RS2 , RS3 , RS4 は市販されており,これらは一般的に無味,白色で,糊化温度が高く,エクストルーダー加工性,フィルム形成性がよい.非水溶性食物繊維に比べても保水性が低く,食品素材として小麦粉などと一部置換したときの加工性への影響も少ない.また,焼成品へのカリカリした食感や歯ごたえの付与が可能となる. RSの生理作用として,血糖応答性およびインスリン応答性の改善,腸機能の改善,血中脂肪に関する症状の改善,プレバイオティクス,シンバイオティクスとしての機能などが注目されている.RSを多く含む食品からのグルコースの遊離は緩やかであり,短期的には食後血糖値上昇の抑制,食後インスリン応答の抑制,満腹感の持続などが報告されている.また,インスリン応答の抑制により,貯蔵脂肪の消費促進が期待され,長期的には,2型糖尿病や耐糖能異常などの症状の改善と予防,肥満や体重の管理に役立つことが期待される.消化を免れて大腸に達したRSは,腸内微生物により酪酸を中心とした短鎖脂肪酸(SCFA)となる.SCFAは大腸上皮細胞の主要なエネルギー源となり,上皮細胞の増殖速度を上げて細胞数を維持する.また,消化管の血流量増加,空腸の蠕動運動の促進,結腸内pH低下,炎症反応の抑制,ガン細胞の増殖抑制など,腸の機能に影響を及ぼす.RSの種類別の効果,ヒトでの長期的な効果の検証が待たれる3) . RSは,アレルギー反応を起こすという報告もない.食品中の澱粉の一部をRSで置き換えることにより,食事の質を保ちながらカロリーを減らし,さらに食品からのグルコースの遊離を遅くすることができる.生活の質を高め,疾病リスクを低減する機能性食品の素材として,多岐にわたる応用が期待される.
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57 巻
(2010)
2 号
p.
91-92
公開日: 2024/07/11
2-アルキルシクロブタノン
林 徹
食品にガンマ線や電子線などの放射線を照射すると,脂質が分解して炭化水素など種の放射線分解生成物が生成する.放射線照射によりトリグリセリドのアシル基-酸素結合が開裂すると,元の脂肪酸と同じ炭素原子数の2-アルキルシクロブタノン(2-ACB)が生成する(図1).この物質の存在が知られる以前には,放射線照射によって食品中に生成する分解生成物として,非照射食品中にも含まれる成分か,他の調理加工などによっても生成が誘発される既知の物質しか検出されなかった.ところが,2-ACBは加熱,マイクロ波照射,紫外線照射,超高圧処理,超音波処理などによって生成することはなく,放射線照射によってのみ生成する化合物である.すなわち,この物質は,現在知られている唯一の放射線特異分解生成物(Unique Radiolytic Product)である.前駆体となるトリグリセリドの脂肪酸組成に対応して異なるシクロブタノンが生成し,パルミチン酸から2-Dodecylcyclobutanone,パルミトレイン酸から2-Dodec-5′-enylcyclobutanone,ステアリン酸から2-Tetradecylcyclobutanone,オレイン酸から2-Tetradec-5′-enylcyclobutanone,リノール酸から2-Tetradecadienylcyclobutanoneが生成する. 2-ACBは放射線照射により特異的に生成し,かつその生成量は線量に依存して増加するので,照射食品の検知に利用できる.2-ACB分析は,鶏肉,畜肉,液体卵,カマンベールチーズ,サケを対象とした検知技術として,ヨーロッパ標準法及びコーデックス標準法となっており,国際的に認知された照射食品検知技術である. 照射食品の安全性を判断するには,放射線特異分解生成物である2-ACBの毒性を評価する必要がある.ドイツの研究者がコメットアッセイにより2-ACBには細胞のDNA損傷を誘発することを見出して,その安全性が問題となった.しかしエームス試験や復帰突然変異原性試験では,このような2-ACBの毒性は観察されなかった.また,非常に高濃度の2-ACBをラットに投与しても,それ自身が発ガン物質として働くことはなかった.しかし,ラットに発がん物質であるアゾキシメタンとともに2-ACBを投与したところ,3ケ月後の観察ではアゾキシメタンと水を投与したコントロールと比べて異常はなかったが,6ケ月後に2-ACB投与群で腫瘍数および腫瘍サイズの増大が認められ,2-ACBには発がん促進作用活性のあることが確認された.この投与実験で使われた1日当たりの2-ACBの用量は3.2mg/kg体重であり,ヒトが照射食品から摂取する2-ACBの最大量と想定される1日あたりの値の5-10μg/kg体重のよりもはるかに多く,約500倍であり,本実験結果が実際の食生活における照射食品の危険性に直接結びつくものではないと考えられている.また,米国で行われた100トン以上の照射鶏肉を用いたマウスや犬を対象とした大規模な長期動物飼育試験では,59kGyという高線量照射したにもかかわらず毒性は認められなかった.なお,この時に使用された照射鶏肉には2-ACBの存在が確認されている.これらの結果を総合的に考慮して,WHOや米国FDAなどの機関は,照射食品中のアルキルシクロブタノンの毒性が実際に問題になることはないと判断している.
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57 巻
(2010)
1 号
p.
55
公開日: 2024/07/11
血中中性脂肪
田代 操
血液中の中性脂肪(トリアシルグリセロール,TG)濃度を血中中性脂肪値といい,測定試料に血清あるいは血漿を用いた場合,それぞれ血清中性脂肪値あるいは血漿中性脂肪値と呼ぶ.単位はmg/dlで表示する.TGは非極性脂質で水に全く溶けないため,血中ではリポタンパク質の成分として存在している.リポタンパク質は血中の脂質輸送体として機能しており,粒径と密度の違いから,カイロミクロン(CM),超低密度リポタンパク質(VLDL),中間密度リポタンパク質(IDL),低密度リポタンパク質(LDL),高密度リポタンパク質(HDL)の5種に分類できる.いずれもTGを含有しているが,そのうち食事由来の脂質の運搬を受け持つCM,および肝臓で合成された内因性脂質の運搬体であるVLDLは,TGを主構成成分としている. 食事によって摂取される脂質のほとんどはTGであり,主にCMとして血中に現れる(食餌性脂血症).したがって,食後にはTGの上昇がみられ,また最小のTG値を得るには少なくとも7~8時間の絶食が必要なため,測定にあたっては採血時間に注意を払う必要がある.一般には,早朝空腹時採血としている.TGはリポタンパク質代謝動態の把握においてコレステロールと共に有用な指標であり,脂質代謝異常の検査としてファーストチョイスの一つでもある. 血中中性脂肪の測定には酵素法である市販の臨床検査用測定キットが便利である.これは,リポタンパク質中のTGをリポタンパク質リパーゼによって加水分解し,生成するグリセロールにグリセロールキナーゼ,グリセロール3リン酸オキシダーゼを作用させ過酸化水素を生成せしめ,さらにペルオキシダーゼを介して定量的に色素を生じさす方法である.しかしながら,本法を血清や血漿以外の試料中TG測定に用いる場合は注意が必要である.すなわち,測定キットに含まれる様々な酵素に影響する成分が当該試料に存在していないことを確認する必要がある. 日本動脈硬化学会では,動脈硬化性疾患の予防および治療の見地から,スクリーニングのための高脂血症(脂質異常症)診断基準を定めているが,TGに関しては空腹時の値が150mg/dl以上の場合を治療開始基準としている.なお,TGが高値を示すものには,家族性高リポタンパク血症,動脈硬化症,糖尿病,ネフローゼ症候群,甲状腺機能低下症,閉塞性黄疸がある.また低値を示すものには, βリポタンパク欠損症,甲状腺機能亢進症,肝硬変,吸収不良症候群がある.
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56 巻
(2009)
12 号
p.
665
公開日: 2024/07/11
2型糖尿病
島田 朗
糖尿病とは,インスリン作用不足による慢性の高血糖状態を主徴とする代謝症候群である.糖尿病は,成因と病態の両面から,1型,2型,その他の特定の機序・疾患によるもの,妊娠糖尿病の四つに分類される(表1).その一つが,2型糖尿病である.2型糖尿病には,インスリン分泌低下を主体とするものと,インスリン抵抗性が主体で,それにインスリンの相対的不足を伴うものなどがある(表2).欧米においては,肥満に伴うインスリン抵抗性から糖尿病状態に至る場合が多いのに対して,我が国においては,肥満がなくインスリン分泌が低下して糖尿病状態に至る例も珍しくない.2型糖尿病の場合は,口渇,多飲,多尿,といった典型的な糖尿病症状を認めない場合も多く,最近では無症状で健康診断にて偶然発見されることが多い.高血糖状態が長期間続くと,以下に述べる(慢性)合併症の出現に繋がる.糖尿病の三大合併症は,細小血管障害である,網膜症,腎症,神経障害である.また,大血管合併症として,脳血管障害,冠動脈疾患,下肢閉塞性動脈硬化症などがあるが,これらは,糖尿病に必ずしも特有の合併症ではないが,非糖尿病患者に比べて2~4倍頻度が高く,患者の生活の質を低下させるのみならず,生命予後を規定する疾患群として重要である.2型糖尿病の治療の基本は,食事療法(標準体重1kgあたり25-30kcal/日),運動療法であるが,前述の合併症,あるいは,他の合併疾患の状態を考慮する必要がある.特に,腎症が存在する場合は,一般に塩分やタンパク質の摂取量についても制限が必要になる.これらの治療によっても血糖コントロールが不十分な場合,経口糖尿病薬の適応となる.現在,我が国では,スルフォニル尿素薬,速効型インスリン分泌促進薬,ビグアナイド薬,インスリン抵抗性改善薬,アルファグルコシダーゼ阻害薬の五つのジャンルが使用可能である.薬剤選択にあたっては,インスリン分泌能やインスリン抵抗性の状態など個人個人の2型糖尿病の病態に加え,各薬剤の副作用などを考慮して選択する.また,インスリン療法は,以前は最終手段であった時代もあるが,現在では,比較的早期から導入し,代謝状態が安定した後は中止するなど,考え方が変化している.インスリン療法のゴールデンスタンダードは,頻回注射法であるが,最近では初期のインスリン導入法として,経口糖尿病薬に基礎インスリンを併用する方法も見直されている. なお,2型糖尿病の発症予防の試みは,欧米を中心に行われているが,食事,運動などの生活習慣への介入により発症が抑制されるのみならず,上述のビグアナイド薬によるインスリン抵抗性の改善やアルファグルコシダーゼ阻害薬による食後高血糖への介入も発症予防に有用である可能性が示唆されている(ただし,保険適用外であることに注意).
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56 巻
(2009)
11 号
p.
605-606
公開日: 2024/07/11
魚肉水溶性タンパク質
太田 尚子
魚肉タンパク質は,中性塩溶液に対する溶解性に基づき,イオン強度0.05以下の塩溶液に可溶な水溶性タンパク質(Water Soluble Protein : WSP),イオン強度0.5の塩溶液に可溶な塩溶性タンパク質(Salt Soluble Protein : SSP)およびこれらの塩溶液に不溶な不溶性タンパク質に分けられ,それぞれ筋形質(sarcoplasmic protein),筋原繊維(myofibrillar protein),筋基質(stroma protein)タンパク質と呼ばれている1)2) .WSPは主として解糖系酵素,パルブアルブミン,ミオグロビン,クレアチンキナーゼなどから構成され,魚肉タンパク質中20~50%を占める良質タンパク質であるが,蒲鉾や竹輪等の弾力性(あし)の低下を招く為に大部分が加工時の水さらし工程で廃棄されている現状にある.わが国の平成17年の水産動植物を主原料とした食用加工品の年間生産量は209万493トンで,平成20年現在の練り製品の国内生産量はおよそ60万トンである3) .練り製品中のタンパク質量は平均13%程度であるため,魚肉タンパク質における各タンパク質の存在割合を考慮すると,練り製品の生産工程で年間およそ4~5万トンものWSPが廃棄されていると見積れる.国の水産物未利用部位利用技術の開発で,魚の頭部を用いた魚醤油の製造などが試みられているが4) ,未だ未利用資源であり基礎研究も数少ないのが現状である. このような背景の中,WSPの有効利用のための基礎研究として太田ら5) により,アマダイ(標準和名,学名アカアマダイBranchiostegus japonicus , スズキ目アマダイ科)からそのWSPが回収され,レオメーターによる魚肉水溶性タンパク質濃縮物(Water Soluble Protein Concentrate : WSPC)の物性測定がなされた.WSPC単独では線形範囲(応力と歪が比例する領域)を求めることができない非常に不均質な分散系であることが明らかになっている(図示せず).しかしWSPCに脂肪酸塩(Fatty Acid Salt : FAS)を添加して乳化を試みたところ(図1a),WSPCの線形範囲が,乳清中の主要タンパク質として高度に利用されているβ-ラクトグロブリン(β-LG)のそれに匹敵するようになると結論づけられた. 次に7% WSPCと7% β-LGの混合タンパク質を試料とし,タンパク質・FAS混合系のレオロジー的性質に対する常温下(25℃)でのインキュベーション効果を解析したところ,およそ26時間でゾル-ゲル転移が観察され,更に約1週間で貯蔵弾性率がおよそ1000Paに達することが明らかになった(図1b).また,同時にこのゲル状凝集体は,β-LG単独系よりも長い線形範囲を持つ均質性の高い粘弾性体である事が示されている(図1c). また近年,環境保全の観点から生分解性フィルム調製の研究が盛んになっている.Iwataら6) はWSPCを用いたフィルムの創出を行っている.一般に,単独の天然材料からつくられるフィルムは物理化学的適性を欠くことが多いため,多種成分(ハイドロコロイド,油脂,他のカテゴリーに属する結着剤によってつくられたコンポジット剤)を組み合わせたフィルムを調製する.彼らは,3% WSPが1.5% グリセロールを可塑剤としてpH10にて70℃ 15分間の加熱により他のタンパク質フィルム(大豆やカゼインなどのフィルム)に比べて水蒸気バリヤー性の高い柔軟性に優れたフィルムを形成することを示した. 以上,WSPの利用にあたってはFASやグリセロール添加等,可塑性を付与することがその機能特性向上に効果的である事が判りつつある.コスト面など予想される問題は残るが,人や環境に優しいもの作りを考える上で今後の開発が益々期待される.
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56 巻
(2009)
10 号
p.
549
公開日: 2024/07/11
ラジカル消去能
柚木崎 千鶴子
1. フリーラジカル がんや動脈硬化,心臓病などの生活習慣病や老化促進に,活性酸素種による生体組織の酸化が密接に関与していることが明らかとなりつつある. 活性酸素種は,酸素を含む反応性の高い化合物の総称であり,ラジカルと非ラジカルがある.脂質関連物質を含む広義の意味においての活性酸素のうち,前者としては,反応性の高いものからヒドロキシラジカル(・ OH),アルコキシラジカル(LO・ ),ペルオキシラジカル(LOO・ ),ヒドロペルオキシラジカル(HOO・ ),一酸化窒素(NO・ ),二酸化窒素(NO2 ・ ),スーパーオキシドアニオン(O- 2 ・ )などがある.後者の非ラジカルグループには一重項酸素(1 O2 ),オゾン(O3 ),過酸化水素(H2 O2 ),脂質ヒドロペルオキシド(LOOH)などがある1) . 一般に電子は2個で対をなしている状態で,原子軌道あるいは分子軌道に安定に収容されているが,対にならずに一つだけ軌道に存在する場合(不対電子)がある.これがフリーラジカルできわめて反応性が高い.酸素分子は不対電子が2個存在するのでビラジカルと言われている.体内に取り込まれた酸素は4電子還元を受けて水になる.その過程で1電子還元によりO- 2 ・ ,2電子還元によってH2 O2 ,3電子還元によって・OHが生成する.さらに生体内で発生したフリーラジカルは,高度不飽和脂肪酸のラジカル反応に関与し,脂質ヒドロキシペルオキシド(LOOH)を生じる2) . 2. ラジカル消去能 これらの活性酸素種は,生体防御において積極的に利用される反面,一方では,高い反応性を有するために,生体内たんぱく質,脂質やDNAなどの生体成分を酸化して,たんぱく質の変性,脂質の過酸化,遺伝子の損傷を引き起こし,種々の疾病の発症に関与していると考えられている.このような酸化傷害から自己を防御するために,生体内では,H2 O2 はカタラーゼにより不活性化され,LOOHはグルタチオンペルオキシダーゼにより分解され,O- 2 ・ はスーパーオキシドディスムターゼにより不均化されることが知られている3) . このような生体内防御機構の他に,活性酸素種はアスコルビン酸,トコフェロール,カロテノイド,種々のポリフェノール類等によって消去されることから,植物由来抗酸化成分が,活性酸素が関与する種々の疾患の予防に有効ではないかと期待されている. 抗酸化成分の作用メカニズムの一つとしてラジカル阻止があげられる.この過程は,以下のような段階を経るものと考えられている4) . 1) ラジカル補足段階 : フリーラジカルに抗酸化物質が水素原子を与え,抗酸化物質がもとのフリーラジカルよりも反応性の低い安定フリーラジカルを形成する段階. 2) ラジカル終結段階 : 安定フリーラジカルが非ラジカル化合物となりラジカルが消去する段階. 3. 分析法 ラジカル消去能を含む抗酸化能をin vitroで測定する方法は,HAT(hydrogen atom transfer水素原子供与)反応,あるいはET(electron transfer電子供与)反応の2つのタイプに大別される.HAT反応に基づく測定法では,ORAC(oxygen radical absorbance capacity)法,TRAP(total radical trapping antioxidant parameter)法が,ET反応に基づく測定法では,DPPH(1,1-diphenyl-2-picrylhydrazyl)法,TEAC(Trolox equivalence antioxidant capacity)法などが代表的である5) . このうちORAC法の公定法化がAOU(Antioxidant Unit)研究会により検討されているが,DPPH法は,非常に簡便な方法であるため抗酸化活性を有する作物のスクリーニングに広く用いられてきた.筆者らもDPPH法により,種々の宮崎県産農産物の可食部,非可食部150試料の抗酸化活性を測定した結果,茎葉利用カンショ(すいおう)葉,サトイモ(泉南中野早生)果皮,マンゴー(アーウィン)果皮,茶(やぶきた)葉,シソ科ハーブ類のブラックペパーミント,スペアミント,スィートバジル,レモンバーム,ローズマリー,ステビアの葉およびブルーベリー葉が高いラジカル消去能を示した6) .
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56 巻
(2009)
9 号
p.
498-499
公開日: 2024/07/11
バクセン酸
都築 和香子
バクセン酸は,一価不飽和脂肪酸(モノエン酸)の1種で,炭素数18個,炭素鎖11位と12位の間にひとつの二重結合(不飽和結合)があり,その結合がトランス型である.IUPAC名は,(E)-11-オクタデセン酸で,trans-11 , 18 : 1と表記する.バクセン酸の幾何異性体(二重結合がシス型の異性体)であるシス-バクセン酸は,IUPAC名は,(Z)-11-オクタデセン酸で,cis-11 , 18 : 1と表記する.シスバクセン酸に対して,通常のバクセン酸をトランスバクセン酸と区別する場合もある. 炭素数18個のモノエン酸として知られているオレイン酸(cis-9 , 18 : 1)と,バクセン酸との分子構造関係は,図1に示した.オレイン酸のように,モノエン酸の二重結合がシス型の場合,分子の立体構造がその部分で屈折する.一方,モノエン酸の二重結合がトランス型の場合,分子全体の構造は,飽和脂肪酸のような直鎖状になる(図2参照).分子の立体構造の違いは,その分子の物理化学的特性にも影響を与える.例えば,二重結合がシス型のオレイン酸の融点は,約14℃であるが,二重結合がトランス型のバクセン酸やエライジン酸の融点はそれぞれ44℃,47℃で,分子の立体構造が屈折したオレイン酸の融点よりは高くなり,むしろ飽和脂肪酸であるステアリン酸(18 : 0)の融点(69℃)に近づく.この他にも,バクセン酸やエライジン酸は,極性有機溶媒に対する溶解度がオレイン酸より小さく,この特性は,脂肪酸分別法で利用されている. バクセン酸は,1928年に動物油脂から見つけられ,ラテン語のvacca(ウシ)から命名された.バクセン酸は,二重結合がトランス型であるため,トランス脂肪酸に分類される.ヒトを含む大部分の生物は,二重結合がシス型の不飽和脂肪酸しか合成することができないため,ヒトはバクセン酸を生合成することはできない.ヒトのバクセン酸の摂取源は,主として次の2通りある.ひとつは,反芻動物由来の肉,乳製品である.ウシやヒツジ等の反芻動物の胃内に寄生する微生物は,シス-トランスイソメラーゼという特殊な酵素を有し,シス型の不飽和脂肪酸から,トランス型の不飽和脂肪酸を生成できる.その宿主であるウシやヒツジの肉,乳製品には,トランス脂肪酸が2~8%含まれているが,トランス脂肪酸の中ではバクセン酸が主成分で,肉類のトランス脂肪酸のうちの約60%近くを占める場合もある1) . もうひとつのバクセン酸の摂取経路は,部分水素添加油脂からである.油脂への水素添加とは,本来,油脂を構成する脂肪酸の二重結合部分に水素を付加させ,不飽和脂肪酸量を減少させる加工技術であるが,この加工法の副産物として,トランス結合が炭素鎖の5位から16位までの様々なモノエン酸のトランス脂肪酸異性体が生成する.水素添加加工中にトランス脂肪酸のひとつとしてバクセン酸も生成するが,その含有量は水素添加の加工法に依存して変化する.部分水素添加油脂は,ショートニング,マーガリンや揚げ油など様々な加工食品に使用されているので,部分水素添加油脂由来のバクセン酸も摂取することになる. 過去の疫学的調査研究等の結果から,トランス脂肪酸の過剰摂取は,動脈硬化などによる冠動脈性心疾患のリスクを高めることが判明し,各国は,トランス脂肪酸の摂取低減に向けて動き出している.日本では,トランス脂肪酸の平均的摂取量が国際機関の推奨範囲内にあったため,トランス脂肪酸摂取に対する具体的な規制措置は行われていない.バクセン酸はトランス脂肪酸のひとつで,食品に含まれるトランス型不飽和脂肪酸はバクセン酸以外にも多種あるが,個々のトランス脂肪酸を区別してヒトの健康障害に与える影響を調べた科学的データはほとんどなく,バクセン酸単独の健康障害へのリスクについても調べられていない.反芻動物由来の肉,乳製品に含まれるトランス脂肪酸については,米国,カナダ,台湾,韓国等では,部分水素添加油脂のトランス脂肪酸と同様に摂取規制の対象となっている.一方,トランス脂肪酸を最初に規制した国,デンマークでは,動物性脂肪等に含まれている天然のトランス脂肪酸は,摂取規制の対象外としている. 生体内に取り込まれたバクセン酸の一部は,生体内で共役リノール酸の一種に変換するという報告2) もあり,バクセン酸の今後の研究が待たれるところである.
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56 巻
(2009)
8 号
p.
467
公開日: 2024/07/11
血管新生
宮澤 陽夫, 柴田 央
血管新生(angiogenesis)とは既存の血管から新しい血管が形成される現象を指す.固形腫瘍,糖尿病性網膜症,関節リウマチなどの病態の進行と血管新生が密接に関連することが知られるようになり注目されている.からだの中で血管は血管新生の促進因子と抑制因子の均衡が保たれているため,通常は静的な状態にある.しかし,その均衡が促進因子側に傾くと血管新生が惹起される.1970年代の初頭にFolkmanらは,腫瘍がある一定以上の大きさ(1-2mm3 )になるには,栄養分と酸素を供給するために腫瘍周囲に血管新生が必要であることを示した1) .この発見は,血管新生の抑制が制癌につながる可能性を示した点で画期的であった.その後,血管内皮細胞の培養系が確立され,血管新生を調節する機能分子が次々に同定された.また,欧米を中心に,血管新生の抑制を目的とした薬剤の臨床試験が進められ,血管新生抑制物質がいわゆる“血管新生病”を予防し治療する手段として注目されるようになった. 腫瘍の血管新生に関しては,血管周皮細胞の欠如や減少によって,血管新生因子(とくにVEGF)の影響を常に受けやすい状態にある.そのため,未成熟な血管の新生と形成が,繰り返し腫瘍近傍で行われていると考えられている.腫瘍における血管新生の基本的な機序は,腫瘍から分泌されたVEGFが,内皮細胞膜上のVEGF受容体(VEGFR)に結合し,VEGFRのチロシンキナーゼドメインを活性化するとともに細胞内シグナル伝達を亢進し,これにより内皮細胞の増殖と遊走を刺激し,さらに管腔形成に至ると推定されている.したがって,血管新生を抑制する目的から,VEGF分泌の調節もしくはVEGFRの活性化の抑制が有望な研究標的になっている.この目的に対し有効な食品成分を見出せれば,血管新生病の予防のための新食品の開発が可能になる.これまでに,ウコンに含まれるクルクミン,緑茶のエピガロカテキンガレート,あるいはビタミンDについて抗血管新生作用が報告されている2) .我々の研究室でも食品成分をスクリーニングして,ビタミンE同族体であるトコトリエノールや共役脂肪酸が抗血管新生作用を示すことを見出した3)∼5) .トコトリエノールの作用機構としてVEGFR由来のPDKやAktといった生存シグナルの抑制,ASK-1やp38といったストレス応答シグナルの活性化を明らかとした.これらの物質は長い食経験から安全性が高く,血管新生病の予防という観点からは有効なツールになると思われる. なお,創傷の治癒や性周期に伴う生理的な血管新生は限られた部位と時期に見られる現象であり,病気に伴う血管新生とは異なる.また,血管新生が十分でないために,病状が悪化する場合(閉塞性動脈硬化症や狭心症)も知られる. 今後は,抗血管新生効果をもつ食品成分のメカニズムを分子·細胞レベルで明らかにしていくことが,血管新生抑制作用を有する食品成分の研究において重要である.ニュートリゲノミクス的手法と疾患モデル動物を用いて作用機序を解明し,ヒト試験で効果を実証することにより,食品による病的血管新生の予防という新たなイノベーションを生み出すことが期待される.
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56 巻
(2009)
5 号
p.
307-308
公開日: 2024/07/11
フード・マイレージ
中田 哲也
フード・マイレージとは,イギリスのNGOによるフードマイルズ運動(なるべく身近でとれた食料を消費することによって食料輸送に伴う環境負荷を低減させていこうという市民運動)の考え方を参考に,農林水産省農林水産政策研究所において開発された指標である.その計算方法は,食料の輸送量に輸送距離を掛け合わせ累積するという単純なもので,例えば10トンの食料を50km輸送する場合のフード・マイレージは10×50=500t・km(トン・キロメートル)となる.また,これに二酸化炭素排出係数(1tの貨物を1km輸送した場合に排出される二酸化炭素の量)を乗ずることにより,食料の輸送に伴う環境負荷の大きさを定量的に把握することが可能となる. 農林水産政策研究所では,2001年に日本を含む主要国の輸入食料のフード・マイレージを初めて試算した.その後,2003年に計測方法を改善した上での計測結果によると,2001年におけるわが国の食料輸入総量は約5800万トンで,これに輸送距離を乗じ累積した輸入食料のフード・マイレージの総量は約9千億t・kmとなる(図1).これは,韓国・アメリカの約3倍,イギリス・ドイツの約5倍,フランスの約9倍と際立って大きい.品目別にみると,食生活の変化により輸入が急増した飼料穀物(とうもろこし等)や油糧種子(大豆,菜種等)が大きな部分を占めていることが分かる. そして,このフード・マイレージに輸送手段毎の二酸化炭素排出係数を乗ずると,輸入食料がわが国の港に到着するまでに排出される二酸化炭素の量は約17百万トンと試算され,これは,国内における食料輸送(輸入品の国内輸送分を含む.)に伴う排出量の約2倍に相当する. 地球環境にかける負荷が小さな食生活を送るためには,なるべく近くでとれた食料を消費すること,つまり「地産地消」が重要である.近年,多くの地域で地産地消の取組が盛んとなっている.これらは新鮮で安心感のある食品の入手,現金収入の確保など消費者,生産者双方のニーズを反映したものであるが,フード・マイレージの考え方を応用すると,輸送に伴う環境負荷を低減させるという面でも有意義と言える. 例えば同じ献立でも,伝統野菜など地元産食材を使った場合の食材の輸送に伴う二酸化炭素排出量は,市場で国産食材を調達した場合と比べ約17分の1,市場で輸入食材も含めて調達した場合と比べ約47分の1に縮小されるとの試算もある. ただし,輸送に伴う環境負荷は輸送手段による差が大きいこと(例えば鉄道はトラックの約10分の1)そもそもフード・マイレージは輸送段階のみに着目した指標であることに留意が必要である.このことから,フード・マイレージは食料の環境負荷を示す指標としてはカーボン・フットプリントに比べ限界があり,慎重に取り扱う必要があるといえる.ただ,食材の使用量と産地(輸送距離)さえ判れば誰でも簡単に計算でき,かつ,なるべく身近な場所でとれたものをといった実践にも結びつけやすいことから,自分の身近な食生活が地球環境問題と関わっていることに気づくツールとしては有効であり,さらに旬産旬消,なるべく食べ残しはしないといった食行動につながっていくことが期待される.
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56 巻
(2009)
3 号
p.
191
公開日: 2024/07/11
粘膜免疫・粘膜ワクチン
保井 久子
ヒトや動物には,外敵から身体を守るために免疫系が備わっている.多くのウイルスや病原菌の侵入口である粘膜面には効果的な「粘膜免疫」が存在し,抗原特異的分泌型IgA応答や細胞障害性T細胞(CTL)を誘導する.各粘膜は共通粘膜免疫機構(common mucosal immune system(CMIS))により関連をもち,ある粘膜組織で誘導されたIgA産生細胞やCTLは他の粘膜組織にも帰巣(ホーミング)する.とくに,分泌型IgA産生細胞は,腸管関連リンパ組織(GALT),鼻咽頭関連リンパ組織(NALT)および気管支関連リンパ組織(BALT)などの誘導組織(inductive site)で誘導され,実効組織(effector site)である腸管粘膜固有層,呼吸器粘膜固有層,乳腺,涙腺,唾液腺,泌尿生殖器にホーミングする.抗原により直接暴露された粘膜組織において最も強いホーミングがおこり,強い免疫応答がみられ,それに準じた免疫応答が隣接する粘膜組織でみられる.例外として抗原の経鼻投与では,呼吸器粘膜だけでなく,生殖器粘膜にも抗原特異的免疫応答が誘導される. 腸管や鼻咽頭からの抗原は,それぞれパイエル板やNALT/BALTのM細胞に取り込まれ,マクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞に送られ,その後,B細胞およびT細胞に提示される.感作されたB細胞およびT細胞はホーミングを開始し,体内循環をし,各実効組織に到達する.B細胞が産生するIgAは,上皮細胞で産生される分泌片と結合して分泌型IgAとして各粘膜面に分泌される.そして,侵入したウイルス,細菌,細菌毒素,アレルゲンなどと免疫結合体を作り,これらを排除する1) . 多くの粘膜経由の感染症に対する最適な防御は粘膜面と全身系で免疫を誘導することである.抗原投与法と免疫応答との関係を図1に示した.従来の注射によるワクチンでは血中IgG抗体価で代表される全身系での免疫は誘導できるものの,分泌型IgAに代表される粘膜面での免疫は効果的に誘導できない.これに対して,腸管や鼻咽頭などの粘膜面をターゲットとして経口あるいは経鼻的な経粘膜に投与されたワクチン,いわゆる「粘膜ワクチン」では粘膜面での感染侵入防止と全身系免疫での防御の両方が誘導できる.現在,多くの粘膜ワクチンの開発が進められている.経口投与では,近隣の唾液,消化管,乳汁のIgAの上昇が大きい.経鼻投与では近隣の鼻,唾液,肺のIgA抗体の上昇が大きく,遠隔に存在する女性生殖器での抗原特異的分泌型IgAおよびCTLの誘導も報告されている.このことから,HIV(human immunodeficiency virus)の粘膜ワクチン開発には経鼻投与経路も考えられている. 現在,国際的に認可されている粘膜ワクチンを表1に示した2) .コレラやロタウイルスなどの胃腸感染症では投与方法として経口投与が選択される.一方,呼吸器感染症であるインフルエンザでは経鼻投与が選択されていることがわかる.しかし,現在日本で承認されているのは経口ポリオワクチンのみである. 種々の感染症に合わせたワクチンの投与経路の選択は重要である.経口ワクチンは従来の注射によるワクチンや他の経粘膜投与法に比較して,投与の際に特別な医療器具を必要としないため,最も簡便かつ安全な投与方法といえる.しかし,経口的に投与された抗原は,大半が胃,腸などで消化作用を受けた後,パイエル板などの粘膜免疫誘導組織に到達するため,効果的な抗原特異的免疫応答を誘導するためには多量の抗原を必要とする.このため,ワクチンの抗原の安定性と粘膜免疫誘導組織へのワクチン抗原の効率の良い送達を得ることが経口ワクチンの開発において重要な鍵となる.一方,経鼻ワクチンは,NALTにより効率の良い抗原処理が行われ,酵素による分解が少ないため,少量の抗原で効果が得られるなどの利点を有している.今後,経鼻ワクチンについての研究を重ね安全性などを確認する必要があろう.
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56 巻
(2009)
2 号
p.
118
公開日: 2024/07/11
エコフィード
大森 英之
エコフィードとは,「国内で発生した食品製造副産物,加工屑,余剰食品,調理残さ及び食べ残しを一定程度原料とする飼料」のことであり,「エコロジーでエコノミカルな飼料」という意味である.また,エコフィード/ECOFEEDは社団法人配合飼料供給安定機構により商標登録されている(2007年6月). 日本の畜産業は食品産業から排出される製造副産物や食品残さ等の食品循環資源を飼料として有効に利用してきた.その代表がいわゆる残飯養豚である.しかし残飯は成分が不安定で腐敗しやすく,多給すると豚の成長や肉質に悪影響を及ぼす危険があった(厚脂,軟脂,脂肪の黄化,不快臭等).一方,輸入飼料を原料とする配合飼料はハンドリングも良く,良好な成長と肉質が得られるため,畜産物の需要の増大とともにその利用が進んでいった.その結果,我が国の飼料自給率は,25%にまで低下している.そのような状況の下で,輸入飼料価格が急騰したことにより,国内の畜産農家は大変厳しい状況に置かれている. 平成13年5月に施行された食品リサイクル法により,食品関連事業者は食品廃棄物の再生利用が義務付けられ,食品循環資源の飼料化は重要な課題として取り組まれるようになった.また平成19年の改正においては,再生利用のなかで飼料化が最優先に位置づけられた. 平成17年3月に閣議決定された食料・農業・農村基本計画では,平成27年度までに飼料自給率を35%にまで高めることが目標とされている.この目標の達成のために,農林水産省は「全国食品残さ飼料化行動会議」を設置して食品循環資源の飼料化の推進に取り組んでいる.現在,日本国内における食品残さの発生量は約1135万トン,そのうち飼料化されている量は約250万トンであるが,これを倍増させることが目標である. エコフィードの製造および販売には安全性の確保が最も重要である.これに関しては,飼料安全法および家畜伝染病予防法の遵守と,平成18年8月に制定された「食品残さ利用飼料の安全性確保のためのガイドライン」に沿った飼料化が求められる. エコフィードの原料となる食品残さの水分含量は一般的に高く,飼料として利用するためには腐敗を防ぎ,保存性を高める必要がある.エコフィードの種類と技術は主に乾燥飼料化,リキッド飼料化,サイレージ化の3つに分けられる.これらの技術にはそれぞれ長所と短所があり,原料の種類や家畜の飼養条件に応じて使い分ける必要がある. 乾燥飼料化は熱源を利用して原料の水分を減らし,腐敗を防いで長期保存を可能とする技術である.広域流通が可能となる,従来の給餌システムがそのまま利用できる等のメリットがあるが,乾燥にかかるコストが問題となる.乾燥方式には,乾熱乾燥,発酵乾燥,ボイル乾燥,油温減圧乾燥方式などがある. リキッド飼料化は,主に豚用のエコフィードに用いられる技術である.原料となる食品残さや製造副産物を,水や高水分の食品残さ(牛乳など)と混合し,液状の飼料として給与する.乾燥飼料化と比較して調製に要するエネルギーが少なくてすむ反面,従来の給餌システムが利用できないため,施設改修のための初期投資が必要となる.ギ酸等の有機酸を添加することにより飼料のpHを低下させ,雑菌の増殖を抑制することにより保存性を高めることができる.またリキッド飼料を乳酸発酵し,乳酸によりpHを低下させて保存性を高めたものが発酵リキッド飼料である.保存期間は約1~2週間程度である. サイレージ化は,ビール粕や豆腐粕等高水分の原料を密封し,乳酸発酵により雑菌の増殖を抑制して保存性を高める技術である.密封の不備による不良発酵やカビの発生,開封後の二次発酵による変敗に注意する必要がある.保存期間はリキッド飼料よりも長いが,乾燥飼料と比べると短い. 多様な食品循環資源を原料とするエコフィードは,その成分も多様であり,その特徴を生かした畜産物生産が可能である.脂肪含量が多い原料については,配合飼料への一部混合,脂肪の少ない原料との組み合わせ,制限給餌などにより脂肪の給与量を抑えることで,適度にやわらかい,特徴的な豚肉を生産できる.また,パン屑を多給することにより筋肉内に脂肪(サシ)が入ることが知られており,これを利用した霜降り豚肉の生産も行われている. エコフィードに関する取り組みは,我が国の環境問題と食料自給率向上の2つの大きな課題の解決につながるものであり,今後さらなる広がりが期待される.
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56 巻
(2009)
1 号
p.
56
公開日: 2024/07/11
交流高電界処理
井上 孝司
1. 交流高電界処理の特徴 交流高電界処理とは,イギリスの物理学者ジェームズ・プレスコット・ジュールが見出したジュールの法則(Joule's law)によるジュール熱を利用した加熱技術のひとつである.ジュール熱Qとは,電気抵抗R[Ω] をもつ物体に,電流 I[A]の2乗をt秒間[s]流したときに発生する熱量として下記に示す(1)式で表すことができる. (1)式 Q=R×I2 ×t さらに,オームの法則E[V]=R×Iを代入することで,(2)式に示すような抵抗に印加する電圧E[V]や電力に比例して加熱温度を変化できることがわかる. (2)式 Q=E2 ⁄R×t ジュール熱を利用した技術は,内部加熱方式として通電加熱やオーミック加熱と呼ばれ,英語ではelectrical resistance heating,Joule heating,electro-heatingと呼ばれており,古くから電気調理器具に使われていた技術である.今までは,商用周波数(50Hzまたは60Hz)が用いられており,使用する電極材料の腐食が問題となっていた.しかし,最近では,周波数を5kHz以上に高くすることで,電極界面の電気分解が抑制され,工業的に幅広く応用が進みつつある技術である.均一かつ迅速な加熱が可能である通電加熱は,工業的にパン粉やかまぼこ業界などで既に実用化されている. 一般的な内部加熱として用いられている通電加熱と比べて交流高電界処理の違いは,加熱時間(電極通過時間)が1s以内と極めて短く,電極間に印加する電圧として数100V/cm以上の印加電界強度であることがあげられる. 一般的な食品を処理した場合では,加熱される材料が500℃/s以上の速度で昇温されることになり,外部加熱方式と比べると昇温時における熱履歴を低く抑えられるというメリットもある.2. 殺菌への応用 微生物の細胞膜に大きな電界を印加した場合に細胞膜表面に誘導膜電位が発生し,細胞膜を挟んで引っ張り合うクーロン力が作用する.このクーロン力に抗えなくなると,電気穿孔とよばれる細胞膜に穴が開く現象が認められている1)2) .交流高電界処理は,上記の電気機械的な細胞膜の損傷と加熱による相乗効果により,加熱のみの処理と比べてより少ない熱履歴で微生物を殺菌できる.耐熱性を有する微生物胞子での殺菌効果も認められている3) . 食品の殺菌処理として交流高電界技術を使用した結果,同様な殺菌効果を得ることが可能な外部加熱処理品と比べて食品中に含まれる有効成分や香気成分の熱的な分解や変化が抑制されることも認められている.3. 酵素失活への応用 食品の品質の安定性向上のひとつとして,食品自体に含まれる酵素の不活化をあげることができる.加工食品中に酵素活性が残存すると,テクスチャーや色調の変化および有効成分などの分解が生じるが,交流高電界処理の非常に短い昇温時間が酵素の不活化に効果的に寄与することが認められている4) .今後,食品の実ラインにあった装置のスケールアップが進み,交流高電界処理が新たな安全で付加価値の高い食品の開発に寄与することが期待される.
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55 巻
(2008)
12 号
p.
645-646
公開日: 2024/07/11
共分散構造分析
志堂寺 和則
共分散構造分析は,構造方程式モデリング(SEM : structural equation modeling)とも呼ばれる統計解析技法である.近年,AMOS(SPSS社)など使いやすい優れたソフトウェアが利用できるようになってきたこともあり,社会・人文科学系では人気が高い. 最大の特徴は,因果関係のモデルを自由に作って,それを検証することができることである.このモデルには計測されたデータだけでなく,研究者が想定した(実際には直接測定することのできない)構成概念も含めることができる.社会・人文科学系の研究者にとって,共分散構造分析を使う主眼はむしろ構成概念の分析にあり,共分散構造分析は構成概念間の因果関係を調べる手法と言ったほうが現実的な使い方に合っている. モデル構築が自由であるため,回帰分析や因子分析,分散分析といった多くの統計分析法は,共分散構造分析の下位モデルとして位置づけることができる.つまり共分散構造分析は単なる多変量解析のひとつとしてではなく,多くの統計手法を内包する大きな枠組みと考えることができる. 図1に,ユーザビリティ(使いやすさ)が高い商品ほど魅力があるとされていることから筆者が考えたモデルの例を示した.このような図をパス図という.パス図では,直接データとして数値的に得られるものを観測変数といい四角で囲んで表し,構成概念を表す変数を潜在変数といい楕円で表すことが慣例となっている.そして原因から結果へ向けて矢印を引く.図中のeは誤差,dは攪乱(潜在変数に関わる誤差)である. 重回帰分析でもパス図で変数間の関係を表すことがあるが,重回帰分析では潜在変数を扱うことができないため,観測変数間だけの表面的な検討となる.また,よく知られている多変量解析である因子分析は,観測変数(この例では5つ)からその背景にあると想定される因子をいくつか(この場合2つ)抽出するので,図2aのようなモデルを当初仮定している.因子間に引いた双方向矢印は因子間の相関である.因子分析の結果,関係が薄いとなった矢印を消すと,例えば図2bのようになったとする.図1と似ているが,潜在因子間が双方向矢印で結ばれていることからわかるように両者の因果関係は知ることができない.そして因子分析では,理論上この因子とこの因子には因果関係があるはずだと思っていても,それを反映した分析をおこなうことができない. 共分散構造分析の基本的な考え方は,原因+誤差=結果という線形モデルである.もちろん原因は複数あっても差し支えない.その場合は,λ1 *原因1+λ2 *原因2+…+誤差=結果となる.λ1 やλ2 は重みである(パス図ではパス係数と呼ばれ,矢印に付与される).結果の部分が潜在変数の場合の式を構造方程式,観測変数の場合を測定方程式という.共分散構造分析の計算原理は,実際のデータの分散と共分散に,構造方程式と測定方程式から算出した分散と共分散がもっとも合うようにパラメータ(パス係数や各変数の分散等)を決定するというものである.計算方法として最小2乗法や最尤法等が使われているが,それについての解説はここでは省略する. 推定したパラメータを持つモデルがどの程度信頼できるか(モデルの分散,共分散が実データの分散,共分散とどの程度一致しているか)を調べることができる.信頼性を示す指標として種々の指標が提案されているが,一般的には,まずモデルと実データの分散,共分散が等しいと帰無仮説を立ててχ2 検定をおこなう.有意であれば,モデルは実データを適切に表現していないことになるので,そのモデルは問題があることになる.有意でなければ,モデルと実データは異なるとは言えないということになるので,一応,立てたモデルは正しいと考える.そして,次にいくつか提案されているGFI(goodness of fit index)やAGFI(adjusted goodness of fit index),RMSEA(root mean square error of approximation)などの適合度に関する指数の値を調べ,問題がなければモデルが適合していると判断する. このように共分散構造分析では,分析対象に関するモデルを立てて計算しχ2 値や適合度指数を見て適否を判断するわけだが,実際にやってみると大抵は不適となる.そこで,研究者はモデルを立てては分析し直すというプロセスを繰り返すことになる.この努力の中で,新たな発見があり対象に対する見方が深まっていく.分析にあたっての苦労は多いが,これまでの統計手法にはない魅力を共分散構造分析は持っており,今後も共分散構造分析を用いた研究は増えていくと思われる.
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55 巻
(2008)
11 号
p.
571
公開日: 2024/07/11
甲殻類アレルゲン
柴原 裕亮
甲殻類アレルギーは,エビ,カニといった甲殻類を摂食することにより,蕁麻疹,呼吸困難,眼瞼浮腫,嘔吐,咽頭瘙痒感に加え様々な全身症状を呈するもので,時にアナフィラキシーショック症状を発現する.甲殻類の主要なアレルギー誘発物質(アレルゲン)であるトロポミオシンは分子量3.5~3.8万のサブユニット2つからなる2量体で,アクチン,トロポニンとともに細い筋原繊維を構成している熱に安定なタンパク質である.各種甲殻類のトロポミオシンはお互いに抗原交差性を示すが1) ,これは甲殻類間におけるトロポミオシンのアミノ酸配列の相同性が高いためでえび類のブラウンシュリンプを,クルマエビ(えび類),アメリカンロブスター(ざりがに類),シマイシガニ(かに類)とそれぞれ比較すると,すべて90%以上と非常に高い値を示している.さらに,ブラウンシュリンプのトロポミオシンについては,全配列をカバーするペプチドとエビアレルギー患者の血清IgEを用いた評価から主要なIgE結合エピトープが報告されている.これらのエピトープの部分配列は他の甲殻類においてもよく保存されており,抗原交差性を裏付けている.また,甲殻類以外とのアミノ酸配列の相同性は,上記と同じくブラウンシュリンプとの比較で,甲殻類と同じ節足動物に属するゴキブリ類,ダニ類が約80%,軟体動物のたこ類,いか類,貝類が60%程度で,いずれも抗原交差性が確認されている.一方,脊椎動物の鳥類,哺乳類もアミノ酸配列の相同性は60%程度なものの,抗原交差性は確認されていない.これらの抗原交差性の違いは節足動物および軟体動物では甲殻類とIgE結合エピトープのアミノ酸配列の相同性が高いが,脊椎動物では低いことに起因すると考えられる. 平成14年4月より本格的に開始されたアレルギー物質を含む食品表示制度において,甲殻類(えび・かに)は過去に一定の頻度でアレルギーの発症が確認され,引き続き調査を必要とする品目であることから,特定原材料に準ずる20品目に含まれた.その後も調査は継続され,平成17年度の調査ではアナフィラキシーショック症状を誘発した食品として「えび」は特定原材料に次ぐ6位であった2) .一方,「かに」は13位で「えび」と比較して頻度は少ないものの,エビアレルギー患者の65%が「かに」に対しても反応することから,「えび」と「かに」との交差性の頻度の高いことが確認された.このような新たな知見によりアレルギー表示対象品目の見直しが行われ,「えび」「かに」は平成20年6月より特定原材料に追加された.さらに表示の範囲も,従来の「えび」の範囲である日本標準商品分類の分類番号7133 えび類(いせえび・ざりがに類を除く)に加えて,7134 いせえび・うちわえび・ざりがに類が追加された.また,「かに」については7135 かに類を範囲としており,「えび」「かに」は生物学的に十脚目に分類される甲殻類を表示の範囲としている.
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55 巻
(2008)
10 号
p.
515
公開日: 2024/07/11
細胞壁多糖類
西沢 隆
細胞壁は動物細胞以外の細胞生物に見られる細胞外マトリックスである.植物にはセルロース,ヘミセルロース,ペクチン質が,真菌類の多くにはキチンが,細菌類ではペプチドグリカンが含まれる. 1)セルロース(cellulose) (C6 H10 O5 )n で表される植物細胞壁の骨格となる多糖で,グルコースがβ-(1→4)結合により直鎖状に連結した高分子である.植物細胞壁では,数十本程度のセルロース分子が束状になった微繊維(ミクロフィブリル ; microfibril)と呼ばれる構造を取る(図1).さらに,微繊維同士はロープ状に会合し,マクロフィブリル(macrofibril)と呼ばれる構造を作り,細胞壁の強度を高めている.セルロースは地球上に最も多く存在する炭水化物で,「繊維素」と呼ばれることもある. 2)ヘミセルロース(hemicellulose) ヘミセルロースはセルロース微繊維間を架橋結合できる架橋性多糖(cross-linking glycan)の総称であり,セルロース微繊維間をつなぐことにより網目状構造を作り,細胞壁のマトリックス強度を維持する(図2).“ヘミセルロース”は,多糖の構造と関係なく,細胞壁からアルカリ性水溶液で抽出される多糖の総称を指す言葉であり,実態が分かり難い.現在では,“ヘミセルロース”という総称名ではなく,キシログルカン(多くの植物の一次細胞壁に存在する)やグルコマンナン(コンニャクイモの貯蔵性多糖)など,それぞれの多糖の構造名で呼ばれることが多い. 3)ペクチン(pectin) ペクチンは果物などに多く含まれる多糖で,植物組織中では一次細胞壁だけでなく中葉(ミドルラメラ ; middle lamella)にも存在し,隣接する細胞同士を結び付けている.ペクチンは主に負に荷電したガラクツロン酸(galacturonic acid)がα-(1→4)結合した鎖状分子(ポリガラクツロン酸)を基本とする.ガラクツロン酸のカルボキシル基が部分的にメチルエステル化され,メトキシル基(R-OCH3 )を含むものをペクチニン酸(pectinic acid),メトキシル基を含まないものをペクチン酸(pectic acid)と呼ぶ.植物細胞壁中では,通常ガラクツロナン分子に部分的にラムノースが結合したラムノガラクツロナン(rhamnogalacturonan)を主鎖に,ガラクトースやアラビノースなどの中性糖を側鎖に持つ分枝性多糖として存在する.ガラクツロナン分子同士は,カルシウムイオンが介在することによるイオン結合により構造を強化することができる. 4)キチン(chitin) 真菌類の他,節足動物や軟体動物にも含まれる.キチンはβ-(1→4)ポリ-N -アセチルグルコサミンで,しばしばポリグルコースとβ-(1→3)結合している. 5)ペプチドグリカン(peptidoglycan) ムレイン(murein)とも呼ばれる.短いペプチドによって多糖鎖が架橋することにより網状の分子を作り,細胞壁の強度を維持している.
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55 巻
(2008)
9 号
p.
432
公開日: 2024/07/11
凍結減圧酵素含浸法
坂本 宏司
1. 凍結減圧酵素含浸法とは 含浸技術は,木材や不織布への樹脂含浸,無機粒子含浸など様々な工業分野で利用されている.食品分野では,加圧または減圧を利用した酵素や調味料などの含浸技術があるが,酵素含浸は食材表面の改質を目的としている場合が多い.また,圧力で食材内部に調味液などを染み込ませる加圧含浸装置が開発されているが,含浸の効率性,製造コスト,利用方法など解決すべき課題も多い. 凍結減圧酵素含浸法(以下凍結含浸法と略す)は,高速含浸法という位置づけにあり,細胞間隙のみならず細胞内含浸も可能で,簡便なことから応用範囲は広い.本法は食材の単細胞化研究の過程で開発された.ペクチナーゼ溶液中で単細胞化すると細胞内外の浸透圧差による細胞の破壊や栄養成分の溶出は避けられないが,逆に酵素を食材内へ導入すれば細胞内成分は溶出しない.凍結含浸法は,含浸前に食材を凍結・解凍し組織に緩みを与えた後,減圧含浸することを基本操作としている.凍結・解凍は組織を膨張,収縮させる効果を有し,その後に減圧含浸処理することで組織は再膨張する.この時,組織内部にある気体の出口通路は広がり,含浸効率は劇的に高まる.操作は簡易で製造コストは低く技術導入しやすい面を持つ.凍結・解凍後に加圧含浸処理することでも時間をかければ含浸可能であるが,コスト,品質面,操作性で減圧含浸処理が有利である. 2. 適用分野と応用例 (1)介護食・消化器官術後食 : 介護食の形態には,流動状や刻み状のものが多く,QOL(quality of life)の視点でみると問題は多い.食品は色,味,香りに加え形状も重要な要素で,食欲の低下は摂食・嚥下障害者の低栄養化の一因ともなっている.ペクチナーゼ製剤を凍結含浸すると食材の形状を保持したまま硬さを制御することが可能となり,障害度に応じた新しい形態の介護食が製造できる.見た目が変わらないため,食欲増進効果は高く,離乳食や胃切除術後食としての利用も可能である.その他,(1)加熱調理工程がないので栄養成分が保持され,風味が良い,(2)低コスト・省エネルギー,(3)消化吸収性の改善,(4)ビタミン,ミネラル等同時含浸による栄養強化,(5)生デンプン含浸による離水防止と歩留まり向上などの特徴がある. (2)凍結含浸法の適用食材 : 適用可能食材は多いが,酵素失活が必須条件なので果実類ではパイナップルのように加熱してもおいしく食べられる食材に限定される.また,表皮を有する豆類の場合,含浸前に表面乾燥すれば酵素を導入することが可能で,介護食レベルまで軟化させるには,凍結含浸後の加圧加熱処理が有効である.肉類の場合,苦みやドリップを防止する技術も開発されており,硬い牛モモ肉をステーキとしておいしく食することができるようになる. (3)真空調理工程への応用 : 真空包装機を利用して,介護施設など小規模厨房施設内で凍結含浸食材を製造する技術が開発されている.この場合,酵素液量が制限される,包材内で食材を酵素液に浸漬したまま酵素反応を行うと表面崩壊が起こるといった問題点がある.解凍時に酵素液を食材表面に付着・浸透させた後,真空包装機で減圧含浸する方法が提案されている.衛生的,低酸素下調理,調味液の低減化など真空調理方式の利点に加え,複合食材を同時含浸可能,取り扱い易いといった副次的効果もある. (4)機能性の付加・増強 : 酵素による分解反応を利用して,食材内部に機能性成分を付加・増強させる技術が開発されている.例えば,多糖類やタンパク質の低分子化により水溶性食物繊維やペプチドを食材内部に生成させる技術やオリゴ糖生成酵素剤を含浸してオリゴ糖を豊富(10%程度)に含有するジャガイモを製造する技術が開発されている. (5)新規造影検査食 : 酵素と医療用造影剤を同時含浸させて,医療用造影検査食を作製する技術が開発されている.誤嚥が疑われる場合,嚥下造影検査が行われ,ゼリーなどに造影剤を混ぜ合わせた検査食が用いられている.しかし,これらの検査食は模擬的なものに過ぎず,本来の食物の摂食・嚥下状態を観察しているとは言えない.本検査食を用いると,咀嚼期から嚥下期に至る通常の摂食過程を観察できるようになる.また,食道,消化器官の状態も観察できるため,外科領域でも応用展開が可能である.
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55 巻
(2008)
5 号
p.
258
公開日: 2024/07/11
MAPキナーゼ・カスケード
橋本 堂史
細胞は外部からの刺激を細胞内に取り込み,細胞内シグナル伝達経路を介してさまざまな生命活動をおこなっている.MAPキナーゼ(mitogen-activated protein kinase, MAPK)・カスケードは細胞の増殖,分化,死,ストレス応答など多くの細胞機能の制御に関わり,酵母から高等植物や哺乳動物に至るまで高度に保存された細胞内シグナル伝達経路である. MAPキナーゼファミリーは,後述のように主に3つに分類できる.ERK(extracellular signal-related kinase),JNK(c-Jun N-terminal kinase),およびp38である.MAPキナーゼの活性化には,そのリン酸化が必要であり,MAPKキナーゼ(MAPKK)によってスレオニン残基(T)とチロシン残基(Y)がリン酸化されるが,ERKではThr-Glu-Tyrモチーフ,JNKではThr-Pro-Tyrモチーフ,p38ではThr-Gly-Tyrモチーフにおいてリン酸化を受けることが知られている.MAPKキナーゼはその上流のMAPKKキナーゼ(MAPKKK)によってリン酸化を受けることで活性化される.このように細胞内シグナル伝達経路がMAPKKK→MAPKK→MAPKといった滝のように進むことから,MAPキナーゼ・カスケードと呼ばれている(図1). ERKは最初に報告されたMAPキナーゼであり,狭義にはERKをMAPKと呼ぶこともある.上皮細胞増殖因子(epidarmal growth factor, EGF)などの増殖因子がチロシンキナーゼ型受容体に結合すると低分子Gタンパク質RasがGTP結合型になり,MAPKKKであるRafを活性化し,RafはMAPKKであるMEK(MAPK/ERK kinase)をリン酸化,さらにMEKがERKをリン酸化する.ERKは転写因子であるElk-1などを活性化することで細胞増殖に関わる. JNKは,SAPK(stress-activated protein kinase, SAPK)とも呼ばれ,紫外線や熱ショックなどの細胞ストレスやTNF-αやインターロイキン1などの炎症性サイトカインにより活性化するキナーゼである.このような刺激により活性化した低分子Gタンパク質であるRacやcdc42はPAK(p21-activated kinase)を活性化し,順にMAPKKKであるMEKK(MEK kinase),MAPKKであるMKK4(MAP kinase kinase 4)やMKK7,次いでMAPKであるJNKが活性化される.活性化されたJNKは転写因子のc-junやATF-2のN末端をリン酸化することで,ストレス応答やアポトーシスなどを引き起こすことが知られている. p38は最も新しいMAPキナーゼであり,JNKと同様にストレスや炎症性サイトカインにより活性化するキナーゼである.MAPKKKであるTAK(transforming growth factor-activated kinase)が活性化を受けると,MAPKKであるMKK3やMKK6が活性化され,これらのキナーゼによりp38はリン酸化をうける.活性型p38はATF-2などの転写因子をさらに活性化することで遺伝子発現を誘導することが知られている. 多くの食品成分がMAPキナーゼ・カスケードに影響を及ぼすことが報告されている.最近,我々は褐草類に含まれるカロテノイド,フコキサンチンがヒト肝がん由来HepG2細胞に対してERKおよびp38の活性化を伴ったアポトーシスを誘導することを明らかにした.ERKとp38の活性化がアポトーシスに関与しているかどうかは不明であるが,細胞増殖と細胞死のシグナルが同時に流れていることは興味深い.最近ではMAPキナーゼ・カスケードの経路間や他の細胞内シグナル経路とのクロストークに関する研究もおこなわれており,今後,食品成分とMAPキナーゼ・カスケード,さらにその細胞内シグナル経路のクロストークに関する研究の行方について注目していきたい.
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55 巻
(2008)
4 号
p.
194
公開日: 2024/07/11
フコキサンチン
金沢 和樹
フコキサンチンは,炭素数40のイソプレノイド構造を骨格とするテトラテルペン類で,自然界に600種類余り存在するカロテノイドの一つである.カロテノイドのうち,化学構造に酸素を含むものをキサントフィルと細分類するが,フコキサンチンは褐藻が特異的に生産するキサントフィルで,1914年に発見,1969年に化学構造が決定された(図1).よく知られているキサントフィルに鮭のアスタキサンチン,マリーゴールド色素のルテイン,柑橘のβ-クリプトキサンチンなどがあり,いずれも鮮やかな黄色から橙色なので,古くから食品の着色料として利用されているが,フコキサンチンも鮮橙色である. 褐藻は日本人が好んで食する海藻である.フコキサンチン含量は,生褐藻の場合,新鮮重100gあたりおおよそ,コンブ19mg,ワカメ11mg,アラメ7.5mg,ホンダワラ6.5mg,ヒジキ2.2mgである.日本人は干し海藻にすることが多いが,乾物にするとコンブ2.2mg,ワカメ8.4mg,他は検出限界以下となる.つまり酸化に不安定であるが,これは化学構造にアレン結合があるためと考えられている.褐藻を餌とする貝類のカキやホヤもフコキサンチンを多く含み,さらにアレンが安定なアセチレンとなったハロシンチアキサンチンを含んでいる. 注目を浴びているフコキサンチンの生理機能の一つは発がん予防作用1)2) である.フコキサンチンがヒト前立腺がん細胞にアポトシースを誘導する作用は,カロテノイド類の中ではもっとも強い.また,結腸がんモデル動物に経口投与すると,前がん病変形成を有意に抑えた.作用機序は,p21WAF/Cip1 というタンパク質の発現を促すことで,その下流のレチノブラストーマタンパク質をリン酸化するサイクリンDとキナーゼ複合体の活性を阻害し,レチノブラストーマタンパク質からの転写因子E2Fの遊離を抑えることであった.結果として,腫瘍細胞の細胞周期をG0 /G1 期で停止させ,腫瘍の増殖を抑えた. もう一つは宮下和夫らによる興味深い発見,肥満予防効果3) である.食餌フコキサンチンは,白色脂肪細胞に,ミトコンドリア脱共役タンパク質1の発現を促す.このタンパク質は,本来はATP生産に用いられるミトコンドリアの電気化学ポテンシャルを体熱として放出させる.結果としてフコキサンチンは,脂肪細胞の脂肪を体熱として消費させることで肥満を防ぐ. フコキサンチンは栄養素ではなく非栄養素である.栄養素は体内に加水分解吸収されて肝臓でエネルギー代謝されるが,非栄養素は加水分解吸収後,まず小腸細胞内で代謝を受ける.小腸細胞内代謝で官能基がグルクロン酸や硫酸抱合を受け,生理活性を示さない化学形態となり,多くは管腔側に排泄さる.したがって,非栄養素がヒト体内で機能性を発揮するか否かは,小腸細胞内でどのような代謝を受けるかによる.フコキサンチンの体内吸収率は数%であるが,小腸細胞吸収時に図1の右環のアセチル基がアルコールのフコキサンチノールに加水分解されるだけで体内吸収される.体内では一時的に脂肪細胞にとどまり,数十日ほどの体内半減期で尿に排泄される.また一部は肝臓で,左環がアマロシアザンチンAに代謝される.長尾昭彦らによると,この2つの代謝物が生理活性の本体である.フコキサンチンを生昆布量に換算して日に100kgを4週間与えても,その動物に異常は認められていない.他のキサントフィルにも過剰摂取毒性は今のところ報告されていない.フコキサンチンなどのキサントフィル類による,ヒトの生活習慣病予防に大きな期待が寄せられている.
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55 巻
(2008)
3 号
p.
121
公開日: 2024/07/11
過熱水蒸気
小野 和広
1.過熱水蒸気の特徴 最近,過熱水蒸気を調理や乾燥,焼成といった食品の加工や食材の殺菌などへ利用する方法が注目されている. 過熱水蒸気とは,飽和水蒸気をさらに加熱して得られる水蒸気ガスのことであり,大気圧では100℃よりも高い蒸気を指す.その特徴として,(1)被加熱物の水分を乾燥させる熱媒体としての利用が可能,(2)過熱水蒸気中では極低酸素雰囲気となるため,酸化の少ない加熱が可能,(3)初期凝縮による潜熱の伝達と水蒸気自体の熱容量により迅速な表面加熱が可能,等が挙げられる. 過熱水蒸気はボイラーで発生させた飽和水蒸気を2次加熱することにより得られるが,その方法にはオイル燃焼方式,ガス燃焼方式,電気加熱方式等がある. 食品加工への応用にあたっては上記の(2),(3)が特に着目されている.伊與田らは熱工学的観点から,食材を過熱水蒸気雰囲気に投入してからの過程を,(1)凝縮過程,(2)蒸発復元過程,(3)蒸発乾燥過程からなる「凝縮から蒸発への反転過程」と整理している1) .加熱初期では試料表面に水蒸気の凝縮による水層が存在し,湿った状態で潜熱の形で熱が伝達され,これが食材などの短時間での表面殺菌に利用できる.さらに,その後の食材表面に形成された水層が蒸発する過程では,農産物の長期貯蔵に関連の深い自己酵素の失活などを効率的に行うことが可能である. 食品の加工や殺菌に利用する場合,これらの特性を理解し,目的に応じてうまく処理条件を調節する必要がある.2.調理加工への応用 前述した過熱水蒸気の特徴を活かした新しい製造技術は,インスタント食品や茶葉の乾燥,水産加工品2) 等,多くの分野での実用化が検討されている.また,食品の機能性や安全性に関連する高品質化が求められる中,低酸素状態での加熱処理が食品成分にどのような影響を与えるかについても検討が進められている. 最近,過熱水蒸気を組み込んだ一般家庭用電気調理器具が上市され,関心が高まっているが,その利点として,一般的なオーブンに比べ,加熱ムラやパサつきが少ない,焼成時間が短い,油脂の酸化が少ない等の他,脱油の効果も大きいことが特徴とされている.フライ食品や畜肉加工品等において効果的な脱油が認められているが,一方で工業規模での連続的な処理においては,脱油した油の装置内からの回収,排出の点で課題が指摘され3) ,また,機能性成分の保持効果,酵素活性への影響等,過熱水蒸気による調理加工特性はまだ十分に解明されていない部分も多い.今後さらに検討が進められることにより,これまでにない特徴を有する食品加工技術として実用化されていくことが期待される.3.殺菌への応用 湿熱状態で迅速な加熱が可能な過熱水蒸気処理は,香りや色調,食感などを保持したい素材の殺菌には有効である.一部では,水蒸気密度を高くし高温で短時間殺菌を行うため加圧過熱水蒸気を用いた殺菌処理がシステム化され,香辛料をはじめ穀類や乾燥農産物等の殺菌に利用されている. 加圧下でなく常圧においても冷凍食材やサケ,スルメ等の水産乾製品4) ,その他において表面殺菌処理の検討がなされている.筆者等は漬物原料野菜やソバ抜き実を対象に常圧過熱水蒸気処理による殺菌効果を検討した結果,生菌数の少ない浅漬や,地域特産品として日持ちの良い生そばの製造に有効であることを認めている5) . さらに最近,高温の微細水滴を含んだ過熱水蒸気による農産物の一次加工処理システム等も開発され6) ,ポテトサラダの製造等で実用化されている. 今後は,製造現場の状況にあった処理装置の開発が進み,食品分野での過熱水蒸気利用の一層の進展が期待される.
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