【研究の背景】がん罹患数は増加している一方,医療技術の高度化によりがん治療後の長期生存者も増加している.がんサバイバーは標準治療の後の心身の不調に悩む場合も多く,特に,化学療法誘発性末梢神経障害(chemotherapy-induced peripheral neuropathy,CIPN)は抗がん剤治療後に多くの患者が経験する.しかし,未だ改善薬も見つからず,海外では非薬物療法に期待が寄せられる.私達はあん摩療法を3年余にわたり継続させて効果を検討した.
【症例】67歳の女性.主訴は下腿から足部の遠位優位の痛み・しびれ.腫瘍科での診断:CIPN(CTCAE Grade 2).現病歴:5年前に卵巣がんで手術.補助化学療法としてパクリタキセル・カルボプラチン療法を6回施行.その後,がんは再発なく経過.抗がん剤治療直後より上記主訴が出現して靴下も靴も履けない.
【治療】毎週1回,30分間のあん摩施術を肩部,背部,上肢を短時間含めて,腰部から下肢に施術した.特に,下腿,足背,足底,足趾は筋・筋膜,神経を意識してその深さで施術した.
【結果】患者が示す痛み・しびれのvisual analog scale (VAS)値は徐々に低下し,範囲も狭小化した.その結果,柔らかい素材で作られた靴や靴下が履けるようになった.これらの患者の主観的評価は,神経内科医が行った感覚検査の結果と一致した.振動覚検査は3年2か月の継続治療の後,8カ所の測定部位のうち,6カ所が正常値に復した.神経伝導検査では活動電位が導出可能となり,伝導速度も徐々に改善したが,複合筋活動電位振幅は回復しなかった.
【考察】あん摩による触圧刺激は体表から中枢神経系を介してゲートコントロールや下行性疼痛抑制系に関与して鎮痛を促したと考える.あん摩手技は主に筋に揉捏法と圧迫法を繰り返し行うが,その刺激の受容体はパチニ小体であり,深部感覚である振動覚の改善につながった可能性が考えられる.軸索変性は改善していないが,疼痛局所に限らず短時間でも全身的に刺激を与えることで下肢全体の循環系・神経系に良い影響を与えたと考える.比較試験による検討が必要である.
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