■背景
現在,発表者が代表の「ネイチャー・アンド・ソサエティ(NS)研究グループ」は,2007年度に日本地理学会の研究グループとして正式に認められ,今年度で7期目を迎えた.これまで14年間,日本地理学会学術大会において,数多くの研究グループ集会とシンポジウムを開催し,地理学界内における人文社会系と自然系の研究者との協働,また隣接する他分野の研究者との協働を実践してきた.さらに2013年度には,海青社から『ネイチャー・アンド・ソサエティ研究シリーズ』(全5巻)を刊行した.NS研究グループは,これまで地理学で研究対象とされなかったテーマにも積極的に挑み,研究グループ発足当初の目的であった「専門や地域の垣根を取り払ってつなぐ」という目標は,少なからず達成された.そして,今期をもってNS研究グループは,日本地理学会における研究グループとしての活動を終えることを決定した.
我々は,NS研究グループの活動を締めくくるための,シンポジウムを実施することを企画していたが,同時に発表者が発起人として名前を連ねている「モンスーン
アジアの風
土研究グループ」からも同じくシンポジウムの企画を行うという話が提案された.2017年度に新しく発足した「モンスーン
アジアの風
土研究グループ」は,自然事象と人文事象の双方からの地理学的アプローチを交差させることによって,モンスーンアジア地域の風土研究を再構築することを目的としている.人文地理学者と自然地理学者の両方で協働しながら風土概念を再構築しようという試みは,NS研究グループと共通する点が多く,この2つの研究グループで合同のシンポジウムを実施する運びとなった.
NS研究グループは,世界各地の生業,土地・資源利用,生態史などの解明を試み,歴史的および空間的な視点から自然と人間活動との関係について研究を行ってきた.一方,モンスーン
アジアの風
土研究グループは,広大なモンスーンという特異な自然環境を持つ地域における人間活動を含めた地理学的特徴を,風土という枠組みで捉えることを目的に研究を進めてきた.これら2つの研究グループで議論を実施することによって,地理学の総合性の再検討が可能になることが期待される.
■研究目的
発表者は,NS研究グループとモンスーン
アジアの風
土研究グループの両方の発起人となっているが,本発表では,主にNS研究グループの活動を振り返ることにする.そのために,地理学の総合性に関する従来の議論を踏まえながら,NS研究グループのこれまでの活動を批判的に自省し,今後行われるべきNS研究の方向性について問題を提起することを試みたい。
■地理学の総合性とは
『地理』第46巻12号(2001年)で「総合力とは何か」という特集が組まれたことがある.浮田典良,榧根 勇,西川 治,野澤秀樹,藤原健蔵,堀 信行の6名が地理学の総合性について論じた.この特集の内容から,総合性にはさまざまな捉え方があることがわかる.
1つ目は,総合的な地域の捉え方に関する議論である.これまでも,地理学的思考と地域研究的思考との違い,また最近では従来の(静態的な)地誌と動態地誌との違い(熊谷 2019)などが議論されている.
2つ目は,分野の総合性である.人文地理学と自然地理学との協働を試みるという視点だけではなく,例えば「統合自然地理学」(岩田 2018)のような自然地理学の地形学,気候学,水文学などの各研究領域をつなぐような俯瞰的研究も含む.また人文地理学の中でも,社会と自然,人間と動物などの二分法的思考ではなく,網の目状の関係性(人間と人間以外のものとの関係も考慮)を組み込んだ「ハイブリッド・ジオグラフィーズ (Hybrid geographies)」(Whatmore 2002)が提唱されている.同様の研究潮流は,文化人類学における「マルチスピーシーズ人類学」にも見ることができる.
3つ目は,分析と総合である.田中啓爾の『地理学の本質と原理』(1949, 古今書院)では,分析的な手法を用いて,地理的性格の総合性を明らかにするという地理学の手法について論じられた.しかし野澤(2001)は,「「総合」は,実は「分析」と対をなして科学,とりわけ自然科学の方法をなしてきた」とし,新しい地理学において導入された理論・計量地理学的が,古典地理学(=地誌学)の「総合性」を批判したのは,その「総合」が「分析」を欠いた総合であったことに対するものだと述べる.
上記3つ以外にも,総合性の議論には,マクロかミクロかといった調査スケールの問題,また地理学の本質ではなく,個々の研究者の研究スタイルやキャパシティの問題と指摘されることもある(たとえば西川 2001).シンポジウムでの発表においては,上述の地理学の総合性に対する議論を日本で行われてきたNS研究と接合させ,その成果と課題を論じたい
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