2004年7月に福岡県で,サクラのラマスシュート(遅れ芽,土用芽)に,ヒキオコシコブアブラムシ Myzus siegesbeckiae(半翅目,アブラムシ科)によって形成された葉巻状のゴール上に,クロシジミNiphanda fusca(鱗翅目,シジミチョウ科)が産卵するのが観察された.このとき,
クロオオアリ
(膜翅目,アリ科)の随伴は認められず,クロシジミの産卵には,
クロオオアリ
の存在が,必ずしも,必要ではなかった.しかし地面には
クロオオアリ
のワーカーが徘徊していたので,いずれ,樹上のクロシジミ幼虫に遭遇する機会もあろう.調査本のうち,一本のサクラには,2004年の6月の強剪定によって多数のラマスシュートが形成されており,どのシュートにも,ヒキオコシコブアブラムシのコロニーがゴールを形成していた.クロシジミは,ラマスシュートの多い木に産卵したが,少ない木に産卵することはなかった.ラマスシュートは,自然的,あるいは人為的要因によって生じた落葉に対する補償作用で生じるため,その形成は時間的にも空間的にも量的にも予測が困難である.これまでの報告と,今回の我々の観察から,クロシジミは,安定的に供給される春のシュートを利用できず,ラマスシュートを産卵対象とせざるを得ない季節遅れのチョウであることを指摘した.本稿では,近年のクロシジミ個体群の衰退を防ぐ観点から,ラマスシュートの形成を促す環境管理の重要性に言及するとともに,クロシジミをめぐる生物環境要因の相互作用に関する研究の必要性を強調した.
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