青森県六ケ所村からムツ
トウヒ
レン
Saussurea hosoiana Kadota を記載した. ムツ
トウヒ
レンは花期にも根生葉が生存することが最も著しい特徴で, しかも海岸に生えるために葉が革質で光沢があることも他の種から区別する良い特徴である. ムツ
トウヒ
レンの硬い葉質は北海道・夕張岳と日高山脈北部のチロロ岳高山帯の蛇紋岩地に生育するユキバヒゴタイ
S. chionophylla Takeda を思わせる. 根生葉が花期に生存し, 花床に剛毛を有することなどの特徴からムツ
トウヒ
レンはモリヒゴタイ節 Sect.
Rosulascentes (Kitam.) Lipsch.に所属することになる. この節は朝鮮北部に分布するが, その中では咸鏡北道と平安北道に分布するモリヒゴタイ
S. diamantiaca Nakai がムツ
トウヒ
レンに最も近い. ムツ
トウヒ
レンはモリヒゴタイから次のような形質で区別される. (1)茎にははっきりした茎葉があり (花茎状 scapose とはならない), 翼がある. (2)茎はよく分枝して側生の花序を多数つける. (3)葉は革質で, 厚く, 光沢があり, 広卵形, 背軸面にクモ毛がない. モリヒゴタイを始めとしてオクヤマヒゴタイ, ウラジロヒゴタイなどモリヒゴタイ節の種は朝鮮北部に分布し, いずれもはっきりと花茎状になる. このため, ムツ
トウヒ
レンをこの節に入れることには疑問が残るが, 現段階ではこのような処置としておきたい. ムツ
トウヒ
レンの属内での位置の確定は今後の課題である.
ムツ
トウヒ
レンは六ケ所村物見崎の, 太平洋に面したクロマツ疎林内に生育する. このクロマツ林は高さ 5 m ほどで低木層を欠いていた. このため, 海からの強風の影響をまともに受け, 風衝地の環境に相当するものと思われる. 本植物の頑丈な体のつくり, とくに植物体の割に太い茎や革質の根生葉の葉身はこの生育環境に適応したものとみなすことができる. なお, 大陸のモリヒゴタイ節の種は山地の植物で, 葉質は日本産のトガヒゴタイやナンブ
トウヒ
レンのような洋紙質で, 標高1000 m 以上の夏緑林内に生育する.
八戸市からはハチノヘ
トウヒ
レン
S. neichiana Kadota を記載した. ハチノヘ
トウヒレンはナンブトウヒ
レン
S. sugimurae Honda から次のような特徴で区別される. (1)総苞片は 8 列で, 鋭角的に斜上するかあるいは圧着する. (2)総苞外片は長卵形で, 先端は鋭形となり, 尾状に長く伸長しない. (3)茎にはよく発達した翼があり, 鋸歯縁となることがあり, (4)葉が革質となる. この他に, 頭花の柄は短くかつ鋭角的に伸長する傾向がある. また, 葉身は長卵形となるが, 青森県産のナンブ
トウヒ
レンもそのような形になるので, この点では区別できない.
ハチノヘ
トウヒ
レンは八戸市の太平洋に面した海岸沿いの風衝草原に生育し, 革質の葉もこのような環境への適応形態と考えられる.
なお, ナンブ
トウヒ
レンはこれまで総苞片が 8列と記載されてきた (例えば Kitamura 1937, 北村1981). しかし, タイプ標本を再検討した結果, 6列であることを確認している. また, トガヒゴタイとナンブ
トウヒ
レンはこれまで混同されてきたり, あるいは同一視されることが普通であった. しかし, トガヒゴタイはクモ毛の多い総苞, 開出する総苞片, 卵形の茎葉をもつことで特徴付けられ, 総苞にクモ毛が少なく, 総苞片が斜上し, 茎葉がやや矛形になるナンブ
トウヒ
レンと異なる. また両者は分布域にも違いがある. すなわち, トガヒゴタイは山形, 秋田, 青森 (津軽地方, 下北半島北部) の各県に分布し, 日本海側に偏った分布を示す. これに対して, ナンブ
トウヒ
レンは青森 (三八地方) と岩手県に分布し, 分布域は太平洋側に偏る.
東京大学大学院理学系研究科附属植物園教授 邑田 仁氏にはナンブ
トウヒ
レンのタイプ標本画像を送付していただきました. また, 細井幸兵衛氏 (青森市), 根市益三氏 (八戸市), 嶋 祐三氏 (つがる市), 工藤安昭氏 (深浦町), 佐藤石夫氏 (深浦町), 神 真波氏 (青森県立郷土館) には現地調査の案内をしていただくとともに, 国立科学博物館維管束植物標本庫 (TNS) に標本並びに生態写真をご寄贈いただきました. ここに記して感謝の意を表します.
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