【目的】
重心運動の力学的エネルギーから歩行効率を評価する方法がある。この評価では、
位置エネルギー
と運動エネルギーの交換率(%Recovery)が指標として用いられる。重心の
位置エネルギー
と運動エネルギーを効率よく交換することは、歩行に必要な筋の仕事量を軽減するものと考えられている。しかし、実際の%Recoveryと筋電図との関係は明らかにされていない。%Recoveryが筋活動量の変化をいかに反映するかを検討することは、力学的エネルギーに基づく歩行効率の評価を解釈するうえで、有用な知見を提供するものと考えられる。
本研究の目的は、力学的エネルギーに着目した歩行分析が下肢筋活動量の変化を反映するかを検証することである。
【方法】
対象は東京湾岸リハビリテーション病院に所属する健常成人10名(男女各5名、年齢26±3歳、身長1.65±0.08m、体重55.1±6.5kg:平均値±標準偏差)である。
測定項目は、トレッドミル歩行における重心加速度から算出される力学的エネルギーと下肢筋電図とした。歩行速度は20m/minから100m/minまで20m/minずつ変化させた5条件を設定し、トレッドミル(酒井医療社:Woodway Treadmill)上を裸足で歩行した。測定順は対象者ごとにランダムとした。測定環境に慣れるため、事前に十分な練習時間を設けた。
重心の力学的エネルギーの測定には、第三腰椎棘突起部にゴムベルトで固定した小型無線加速度計(ワイヤレステクノロジー社:WAA-006)を用いた。サンプリング周波数は60Hzに設定し、30歩行周期分の加速度を加算平均して平滑化した。なお歩行周期は前後加速度のピーク値に基づき特定した。加速度を時間で積分した速度や変位から、それぞれ運動エネルギーと
位置エネルギー
を算出した。%Recoveryは{1-Wt/(Wp+Wk)}×100で算出した。式中のWt(total mechanical work)、Wp(potential work)、Wk(kinetic work)はそれぞれ一歩行周期における全力学的エネルギー、
位置エネルギー
、運動エネルギーの増加量から算出した。%Recoveryは
位置エネルギー
と運動エネルギーが完全に交換され全力学的エネルギーが一定となる場合、100%を示す。
表面筋電図の測定には、筋電図記録用システム(Delsys社:EMG system)を用いた。右側の前脛骨筋、ヒラメ筋、大腿直筋、内側ハムストリングスの筋腹上に能動電極を貼付して測定した。サンプリング周波数は1kHzに設定した。筋電図データの解析は、全波整流後30歩行周期分を加算平均して平滑化した後、一歩行周期の積分値を算出した。各条件の積分値は60m/minの積分値に対する割合で示し、さらに4筋の平均値を筋活動量の評価項目とした。なお力学的エネルギーと筋電図は同時に測定し、解析には定常歩行中の30歩行周期を用いた。また、歩行周期の特定には右踵部に貼付したフットスイッチを用いた。
統計解析は、Shapiro-Wilk検定でデータの正規性を確認し、歩行速度変化に伴う各評価項目の変化を一元配置反復測定分散分析で検討した。%Recoveryと筋活動量の相関は、Pearson積率相関係数で検討した。有意水準は5%とした。
【説明と同意】
事前に研究内容を説明し、全ての対象者から同意を得た。
【結果】
測定値を20、40、60、80、100m/minの順に示す。%Recovery(%)は48.8±14.8、72.5±6.1、78.8±6.3、72.0±7.4、63.0±10.5であり、60m/minで最大値をとる逆U字状の変化を示した(p<0.05)。筋活動量(%)は187±40、119±14、100、109±16、141±32であり、60m/minで最小値をとるU字状の変化を示した(p<0.05)。%Recoveryと筋活動量の相関係数は、-0.72であった(p<0.05)。
【考察】
歩行速度増加に伴い、%Recoveryと筋活動量はそれぞれ対称的な変化を示した。また%Recoveryと筋活動量は高い負の相関を示した。したがって、力学的エネルギーの変化に基づいた歩行分析は、下肢筋活動量の変化を反映していることが示された。つまり、
位置エネルギー
と運動エネルギーを効率よく交換している歩行は、重心の下降に伴い
位置エネルギー
を利用して加速し、さらに加速によって得られた運動エネルギーを利用して重心を上昇させるため、重心運動に必要な筋活動を軽減できると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究の成果は、歩行中の重心運動から歩行効率を検討するうえで有用な知見である。
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