脊椎動物の骨盤はもともと脊柱と下肢をつなぐ装置で、排泄と生殖においても重要な役割を果たしている。ヒトは立位や坐位で長い時間を過ごす。泌尿器や 消化管は骨盤底と協同して排泄物を体内に留め置き、間欠的に体外へ廃棄する が、身体を縦にしているヒトではこの仕組はなかなかデリケートである。女性骨盤 の中ほどには腟があり、産道を骨盤骨格の近くまで開大させて頭の大きな胎児を 娩出する。四足歩行する哺乳類と比較して、ヒト骨盤底は重力に抗しての臓器サ ポートと大きな頭を持つ胎児の娩出という2 つの特殊な課題を抱えており、出産 した女性には骨盤底機能障害が起こりやすい。
女性骨盤底機能障害の現状を理解するために、女性のライフサイクルの変容と 社会のトレンドは見逃せない。切実な問題点を以下に列挙しておく。
①成長期の少女たちの身体活動が減り、食餌を制限する風潮が若年女性にも 蔓延している。子供の身体を育てる環境については多方面から警鐘がならされて おり、頑丈な骨盤底の育成にも黄色信号が灯っている。
② 20 歳過ぎまで学生生活を送りその後は会社や組織で就労する。これは日本 人女性の平均的な進路となっているが何か社会の仕組に問題があるらしく、仕事 を頑張った後に 30 歳代後半になってから慌ただしく
妊活
や出産をするのがあた りまえになっている。この年代では出産年齢の上昇による難産が増え、出産後の 尿もれや産道周りの復古の遅れ(骨盤底の緩みや性生活の障害など)も増える。
③急速に広まりつつある無痛分娩の影響も無視できない。問われているのは、 硬膜外和痛そのものではなく、分節麻酔によって膀胱尿道が麻痺している間の下 部尿路管理のありようである。②と③は本質的に骨盤底筋トレーニングでは対応 できない機能障害で、骨盤底医学の立場から早急に適切な予防防止策、対応策 を提案していく必要がある。
④寿命の延長は介護問題を生んだ。女性骨盤底機能障害は心身機能の健全 なうちに治療を受ければ治療の意義を感じられる病気であるが、元気なうちは尿 もれや外陰部の違和感をがまんしていて、要介護状態の一歩手前で SOSを発信 する人が増える。現実はと言うと、心身能力が低下してからの介入にはハードル が多く、諸般の事情で手術治療を断念することも多い。女性骨盤底機能障害は、 あれこれ他のことを優先せず適時に治療を求めるべきである。
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