【はじめに】運動無視は,筋力,反射及び感覚の障害を伴わない一側手足の低使用と(Laplaneら1983),声掛けの励ましにより随意運動の出現と拡大が特徴とされる.しかしこれまでの運動無視の報告は上肢に関するものであり,下肢に関する報告は極めて少なく,運動無視の下肢機能や歩行等に及ぼす影響については不明な点が多い.そこで今回,左上下肢に運動無視を呈した自験例について,主に下肢機能への影響について報告する.
【症例】74歳女性.右手利き.
【診断名】右被殻出血.
【現病歴】2004年3月25日発症.近医緊急搬送され,保存的治療実施,3週目からリハ開始,同年6月25日当センターに転入院した.
【CT所見】発症時CTでは,右被殻を中心に尾状核,内包後脚,視床外側部の各一部に高吸収域が,4週後でも同部位に低吸収域が認められた.
【神経学的所見】当センター入院時(発症3ヶ月後),意識清明.聴覚,視野の障害および言語によるコミュニケーション障害を認めなかった.四肢の腱反射正常,病的反射陰性.運動麻痺は左上肢に軽度,下肢に極軽度認めた.感覚は,左上下肢の表在・深部,複合覚ともほぼ正常だが,痛み刺激による屈曲逃避反射は欠如していた.
【神経心理学的所見】左半側空間無視,身体失認,運動維持困難,視覚・触覚消去現象,病態失認,触覚失認,失行的要素を認めなかった.MMSEは21点であった.注意の転導性亢進および持続性低下傾向を認めたが,各種検査の遂行を妨げる障害は認めなかった.
【動作所見】端座位は自立.ボール蹴り等,左側肢のみの運動は円滑に行えた.しかし両側同時課題や諸動作場面では,左上下肢の不使用は顕著となった.起居動作では,左上下肢の置き去りや左体肢の置き方に異常が見られた.歩行場面では左下肢の支持性は良好であるも,振り出し時,重篤な弛緩麻痺様の引きずりや置き去りがみられ,バランスを崩す場面多く介助を要した.また両下肢の車椅子駆動では,常に右下肢のみで駆動し,左下肢は車椅子に巻き込まれるなどの不使用が認められた.これら不使用に対して,内省報告は「左手足は重たい,動かない」と悲観的で,常に動かないことを主張した.しかし動作中,セラピストによる声賭けによる励ましが続く間においては,左側運動の改善に伴う動作遂行能力の向上を認めた.
【考察】運動無視は,一側より両側運動時に顕著で,痛み刺激の逃避反射欠如,励ましによる随意運動の改善を特徴とする.責任病巣は前頭葉内側面,頭頂葉,視床,基底核の報告がある.したがって本例は,症状特性や病巣との合致性から運動無視と判断される.両下肢運動で不使用が出現することから,運動無視は立位・歩行や下肢による車椅子駆動などの障害と結びつくことが確認された.また運動無視は半側身体失認とは異なり,声賭けによる励ましが患側肢の使用に有効な改善手段と考えられる.
抄録全体を表示