【はじめに】
後骨間神経
(橈骨神経深枝)は,前腕の手指伸筋群を支配している.Irwin(1988)は,ロフストランド杖の使用によって
後骨間神経
麻痺が生じた症例について報告し,前腕近位部がロフストランド杖の前腕カフの端によって圧迫されたためであるとしている.今回,解剖実習用遺体を用いて前腕部の局所解剖を行い,ロフストランド杖の使用による
後骨間神経
麻痺の可能性について検討したので報告する.
【対象】
愛知医科大学解剖学セミナーに供された解剖実習用遺体6体12肢(男性2体・女性4体,右側6肢・左側6肢,平均死亡年齢84.2±3.9歳)を対象とした.
【方法】
上腕中央部から手関節部を剥皮,皮下組織を除去し,腕橈骨筋と上腕筋の間において橈骨神経を同定した.次いで腕橈骨筋,長橈側手根伸筋,短橈側手根伸筋を切離反転し,橈骨神経から分岐した
後骨間神経
を剖出した.さらに,遺体にロフストランド杖を装着し,前腕カフと
後骨間神経
の位置関係を観察した.なお,解剖の実施にあたっては,愛知医科大学解剖学講座教授の指導の下に行った.
【結果】
橈骨神経から分岐した
後骨間神経
は,前腕近位部で回外筋の浅層と深層の間を貫通し(以下,この部位を「回外筋貫通部位」とする),前腕の手指伸筋群に向けて走行していた.肘関節裂隙から「回外筋貫通部位」の入口部までの距離は,平均2.6±0.7cmであった.また,肘関節裂隙から「回外筋貫通部位」の出口部までの距離は,5.7±0.9cmであった.「回外筋貫通部位」において回外筋の浅層を切離反転して
後骨間神経
を剖出した結果, 12肢中9肢において,
後骨間神経
が回外筋深層に接していたが,回外筋深層は薄いため同神経は橈骨に近接していた.12肢中3肢においては,
後骨間神経
が橈骨に直接接していた.
ロフストランド杖を装着させて観察した結果,前腕回内位では全例において前腕カフが「回外筋貫通部位」に位置していた.前腕中間位では全例において前腕カフの前方開き部位に
後骨間神経
が位置しており,「回外筋貫通部位」には位置していなかった.
【考察】
ロフストランド杖を前腕回内位で持たせた場合,前腕近位部の「回外筋貫通部位」において
後骨間神経
が前腕カフと薄い回外筋に被われた橈骨の間で圧迫され,
後骨間神経
麻痺が惹起される可能性があると考えられた.臨床上はロフストランド杖の使用による
後骨間神経
麻痺は稀ではあるが,その危険性を軽減させるためにも,ロフストランド杖を前腕回内位ではなく,中間位で持たせるように指導することが必要であると示唆された.
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