I はじめに 地球温暖化にともなう気候条件の変化は,森林生態系を大きく変化させる.特に,植生帯の分布移動は,生態系の構造や機能を大きく変化させ生物多様性にも重大な影響を及ぼすとされることから気候変化に対する植生帯の分布移動を把握することが急務となっている. 植生帯の分布移動は植生帯の境界域(エコトーン)の変化や移動から検討が可能である.特に,森林と高山ツンドラとの境界域に位置する
森林限界
は,高標高に位置し,時間変化が明確であることから気候変化の影響を検出しやすいと考えられている.そのため,ヨーロッパや北アメリカを中心として気候変化と
森林限界
の変化に関する研究が近年蓄積されつつある(たとえば,Leonelli et al.2011など). 図1
森林限界
付近における樹冠分布の変化 しかし,これまでの報告では,
森林限界
の移動や上昇に地域的なばらつきが大きく,気候変化と
森林限界
の変化との関係の理解は未だ十分ではない.これらについてより理解を深めるには,研究の少ない日本を含めた,北東アジアにおいて研究を蓄積し,検討する必要がある. そこで本研究では,日本国内において
森林限界
と気候変化との対応を検討するのに最も適した山地の一つとして考えられる利尻岳において最近40年間の
森林限界
の移動や上昇の検討を目的とした.また,日本最北部に位置する利尻岳は,ヨーロッパや北アメリカとも同緯度帯であり,既存研究との比較も可能である. II 調査地と手法 調査対象は,約4万年前に噴出した溶岩上に成立し,土石流などによる攪乱の影響を受けにくい利尻岳西向き斜面の森林を対象とした. まず,
森林限界
の変化を明らかにするために,
森林限界
を含んだ標高200~700mを対象に,ロジスティック回帰分析により標高に沿った
森林限界
の位置を検討した.解析に用いた目的変数は国土地理院撮影の空中写真(1977,2017年)から20mメッシュで判読した森林の在・不在データで,説明変数には国土地理院の5mメッシュの数値標高モデル(DEM)から算出した標高値を用いた.その後,ロジスティック回帰分析により算出された森林の出現予測値が50%で示される標高を
森林限界
の標高として40年間の変化を検討した. 次に,
森林限界
付近の植生変化を把握するため,
森林限界
付近の標高450~510mに100m×250mの調査区を2カ所設置し,2019年に小型無人航空機(UAV)で撮影した画像と1977年に撮影された空中写真を用いて過去と現在とを比較した. III 結果と考察 利尻岳西向き斜面の
森林限界
は40年間で41.9m上昇しており,その上昇速度は1.0m yr
-1であった.また,
森林限界
の境界域を森林の出現予測値が25~75%の範囲と定義すると1977年では390.1~593.4m(標高幅160.4m),2017年では431.0~593.4m(標高幅162.4m)であった.境界域の標高幅は40年間で2.0mの増加にとどまっており,境界域全体は高標高側へ平行移動していたことを示している.利尻岳西向き斜面の
森林限界
は山頂からの標高差(山頂効果)などによる制約は受けておらず,本研究の結果は
森林限界
の上昇が気候変化によるものである可能性を強く示唆している. UAV画像を用いた樹冠判読の結果,
森林限界
付近では常緑針葉樹と落葉広葉樹の樹冠数がともに増加し,樹冠の分布範囲も拡大していた(図1).特に,落葉広葉樹の増加は常緑針葉樹と比較して著しく多くなっており,
森林限界
の高標高への上昇は主に落葉広葉樹が担っているものと考えられた.
抄録全体を表示