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全文: "楽章"
724件中 1-20の結果を表示しています
  • 服部 智行
    美学
    2003年 53 巻 4 号 70-83
    発行日: 2003/03/31
    公開日: 2017/05/22
    ジャーナル フリー
    Our vision of Charles Ives's music and his career has been changed by the redating of his manuscripts and many other researches in recent years. With reference to these researches, in this paper, I reconsidered about the chronological date, compositional procedures, techniques, and backgrounds of Ives's Fourth Symphony which had been regarded as a synthesis of his music. Based on the recent chronology, this symphony was started to write in an unusual year: the next year of his serious heart attack. This redating has made it possible to think about the reason of the religious program and massive use of self-borrowing in this symphony. Based on the recent analysis of his composition itself, this symphony is an unusual piece, even for Ives himself. But, from a viewpoint of the compositional procedures, this symphony is the piece that shows most purely one of Ives's own compositional manners, that is, to write some musical backgrounds or contexts that transfigure sounds of the borrowed materials.
  • 〓用 淳, 田中 淳
    デザイン学研究
    1987年 1987 巻 60 号 15-
    発行日: 1987/05/31
    公開日: 2017/07/25
    ジャーナル フリー
  • 平井 久子, 穂積 信夫
    デザイン学研究
    1987年 1987 巻 60 号 15-
    発行日: 1987/05/31
    公開日: 2017/07/25
    ジャーナル フリー
  • 白石 知雄
    大阪音楽大学研究紀要
    2011年 49 巻 Body3-
    発行日: 2011/02/15
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー
  • 丸山 瑶子
    音楽学
    2013年 59 巻 1 号 29-32
    発行日: 2013/10/15
    公開日: 2017/04/03
    ジャーナル フリー
  • 中川 真
    美学
    1982年 32 巻 4 号 26-39
    発行日: 1982/03/31
    公開日: 2017/05/22
    ジャーナル フリー
    Vom Standpunkt der thematischen Bearbeitung, hat jeder Satz von Beethovens neunter Symphonie das melodische-nach Retis Analyse-und harmonische-nach meiner Analyse-Motiv gemeinsam. Die Symphonie entwickelt vom ersten Satz durch den zweiten, den dritten bis in den vierten hinein ein Problem, und zeigt dieses Problem in seine Ganzheit auf, um es schliesslich im vierten Satz zu losen. In diesem Sinne ist sie organisch und zwar nicht umkehrbar. Im vierten Satz kann Beethovens Auffassung uber Schillers "An die Freude" betrachtet werden. Dieser Satz besteht aus drei Teilen. Im ersten Teil (Freude Thema) stimmen die Metren der Musik und des Verses miteinander uberein, im zweiten Teil (Zweites Thema) hingegen widersprechen sie sich. Denn das trochaische Versmass ist in die Musik eines dreiern Taktes eingearbeitet. Im dritten Teil (Koda) werden diese zusammengefasst und aufgelost. Durch Beethovens sinnreiche musikalische Darstellung konnen wir Schillers Dichtung erleben. Dieses klangliche Schauspiel wird erzeugt und getragen durch eine planmassig entwickelte Raum-Vorstellung. Diese Raum-Vorstellung beruht auf einer wirksamen Beherrschung des Klangbildes auf der Buhne. Die Buhne ist fur Beethoven der Raum, wo die Klangmasse des Orchesters jene musikalischen Ereignisse hervorbringt, die uns einnehmen. Die Raumlichkeit ist wesentlich fur Beethovens Musik.
  • メシアンの音楽語法との関連性をめぐって
    竹内 直
    音楽表現学
    2011年 9 巻 45-56
    発行日: 2011/11/30
    公開日: 2020/06/26
    ジャーナル フリー

     日本の「民族主義」を代表する作曲家の一人とされる早坂文雄(1914-1955)の《交響的組曲「ユーカラ」》(1955) は無調性への傾斜や複雑なリズム語法の使用などの特徴から、早坂の新しい境地を示した作品であるとされながら、これまでその音楽語法は明らかになってはいなかった。本稿は早坂の《ユーカラ》における音楽語法を、メシアンの音楽語法との関連から考察することを試みたものである。

     早坂が《ユーカラ》において用いた音楽語法には、メシアンの音楽語法である「移調の限られた旋法」、「添加価値」をもつリズム、「逆行不能リズム」、「鳥の歌」と類似する手法が頻繁に用いられている。またそうした手法のなかには武満徹(1930-1996)の音楽語法との共通点もみられた。

     早坂がメシアンに関心をもっていたという言説を踏まえれば、早坂の《ユーカラ》における音楽語法は、メシアンの語法との近親性を具体的に例示することになるだろう。またその語法は、武満徹をはじめとする早坂の影響を受けたとされる作曲家の語法との関係をより具体的に示しているといえる。

  • 大竹 道哉
    大阪音楽大学研究紀要
    2012年 50 巻 5-34
    発行日: 2012/03/30
    公開日: 2021/04/01
    ジャーナル フリー
  • 長谷 規子
    美学
    2007年 58 巻 2 号 70-83
    発行日: 2007/09/30
    公開日: 2017/05/22
    ジャーナル フリー
    Les dix-huit quatuors a cordes de Darius Milhaud (1892-1974) tiennent une place particuliere non seulement dans toutes ses ceuvres mais aussi dans toute la musique de chambre du XX^e siecle. Du fait que Milhaud s'explique sur le quatuor a cordes comme un genre musical representant le mieux ses intentions profondes et que lui et ce genre allaient cote a cote pendant quarante ans, nous pouvons considerer que le quatuor a corde est un genre intime pour le compositeur. Dans cet article, nous allons examiner ses quatuors a cordes des annees 1930 et 1940 de point de vue technique et stylistique pour mettre en evidence leur importance. L'etude d'un ensemble de quatuors a cordes de Milhaud nous a permis de montrer une evolution considerable : il emploie assez souvent des passages empechant la continuite de la piece au niveau melodique, rythmique et harmonique. Ce serait une des techniques musicales de Milhaud propres a cette epoque. D'ailleurs, la technique ellememe evoluera peu a peu la forme musicale et deviendra un element imposant dans sa musique. Elle s'appliquera plus tard a des autres pieces de sa musique de chambre.
  • 神部 智
    音楽表現学
    2008年 6 巻 17-28
    発行日: 2008/11/30
    公開日: 2020/05/25
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は、ジャン・シベリウスの《交響曲第 3 番》作品 52 における創作概念と表現手法の考察を通して、同交響曲に認められる新たな様式的方向を明らかにすることにある。民族ロマン主義からの芸術的飛躍を試みた中期創作期のシベリウスは、古典的作風の内に堅固な音楽的論理の確立を求めた。そこにおいて重要な鍵となったのが「交響的幻想曲」の創作概念である。《交響曲第 3 番》においてシベリウスは、伝統的なソナタ様式への斬新なアプローチ、そしてスケルツォとフィナーレ的要素の融合という独自の表現手法を拓いたが、それは自由な形式と堅固な論理の両立を求めた同時期のシベリウスの新たな創作概念に基づくものであったといえる。

  • 中野 博司
    美学
    1962年 13 巻 3 号 59-62
    発行日: 1962/12/30
    公開日: 2017/05/22
    ジャーナル フリー
    Die heute noch vorhandenen 106 Sinfonien Haydns zeigen eine Seite des Entwicklungsprozesses der Sinfonien in der letzten Halfte des 18. Jahrhunderts. Als die zweite Stufe meiner Unterforschungen uber die Sinfonien Haydns mochte ich diejenigen betrachten, die zu seiner zweiten Schaffensperiode von etwa 1766 bis um 1774 gehoren. Zuerst muss man eine Reihe von den im Moll geschriebenen Sinfonien in Frage stellen, weil sie die Merkmale der sinfonischen Stile in dieser Epoche am Klarsten verwirklichten und zwar von den gesamten 11 im Moll geschriebenen Sinfonien die 7 Werke in demselben Zeitabschnitt (Nr. 26, 34, 39, 44, 45, 49, 52) komponiert wurden. In diesem Artikel betrachte ich durch die analytische Untersuchung der 7 Mollstucken die Stile derselben, und ich stelle die soliden Fortschritte nach seiner Vollendung der sinfonischen Stil fest. Weiter behandle ich eine Frage um seine Neigung zur Molltonart in dieser Periode. Dadurch mochte ich die Bedeutung dieser Sinfonien im Moll fur die Wandelung der sinfonischen Stile Haydns erklaren.
  • 丸山 瑶子
    音楽学
    2018年 64 巻 2 号 161-178
    発行日: 2018年
    公開日: 2020/03/15
    ジャーナル フリー
      長くベートーヴェン研究の問題点だった個人様式研究への集中は、近年是正されつつある。しかし彼に近い範囲で活動した作曲家との作品比較は、ベートーヴェンの真価を理解するために必須であるにも拘わらず、未だ乏しい。
      当時彼と並ぶ名声を誇った作曲家であり、有効な比較対象と思われるアントン・エーベルル(1765〜1807)も、ベートーヴェンとの詳細な比較は今まで殆ど行われていない。しかしエーベルルとベートーヴェンは同時期にヴィーンで活動し、一部の作品が成立・上演史に接点をもつため、知己であった可能性が高い。すなわちエーベルルの交響曲作品33とベートーヴェンの交響曲第3番は被献呈者を同じくし、同じ演奏会で上演された。また両者とも弦楽四重奏曲がシュパンツィクの公開演奏会で演奏されている。更にこれらの作品は音楽的にも細部にわたる類似点を持つ(Jackson 2016; Maruyama 2017)。
      加えて両者は、例えば三度関係調の多用や大胆な和声・形式構造など、創作全体の特徴に共通点がある。またベートーヴェンの「新しい道」に関して指摘される特徴、すなわち慣習的主題法からの逸脱、音楽のプロセス性、伝統的形式の革新を実現する手法の一部はエーベルルの作品にも見出される。
      またエーベルルのチェロ・ソナタop. 26は、《エロイカ》と同じ主催者の演奏会にも出演していたチェリストによって公開演奏されており、ベートーヴェンも聞いた可能性が高い作品である。しかも当作品はベートーヴェンのop. 69と、ジャンルや調のみならず、楽章の独立性に疑問を抱かせる異例の作品構成や、その他細部にも共通点を持つ。この作品背景と音楽両方の関連は、両作曲家に共通の音楽的環境が作曲法の類似の一因だった可能性を示唆する。
      本稿は、音楽分析により以上の点を示し、ベートーヴェン研究の進展にとってエーベルルの作品が多くの成果を見込める比較対象であることを明らかにする。またそこからベートーヴェンと当時の音楽的潮流との関連を解明し、彼の真価を見極めるための有用な手段として、同時代人との積極的な比較の必要性を提唱する。
  • 池上 健一郎
    美学
    2005年 56 巻 3 号 51-
    発行日: 2005/12/31
    公開日: 2017/05/22
    ジャーナル フリー
  • 上山 典子
    音楽表現学
    2008年 6 巻 1-16
    発行日: 2008/11/30
    公開日: 2020/05/25
    ジャーナル フリー

     リストのピアノ編曲、《ベートーヴェンの交響曲 ピアノ・スコア》は、27 年の歳月にわたって―厳密には 1837 年と 41 年、そして 1863-4 年の二つの時期に―取り組まれた。1838 年にリスト自身によって書かれた編曲の理念表明は、 1840 年の第 5、6 番の出版譜序文として、原文の仏語とともに出版社による独訳で掲載された。そして 1866 年の全 9 曲出版の際には、日付のみが「1865 年」に変更されたその序文が一語一句変わらぬまま、再び版の冒頭を飾った。その四半世紀以上もの間、リストは本当にこれらの編曲に対する考えを変わらず維持していたのだろうか。本論は、それぞれの編曲成立の過程と取り組みの目的、そして手法を検証することによって、リストの編曲観は決して一様ではなく、これらの年月の間に大きく変化したことを明らかにする。

  • ―西洋音楽編
    木下 大輔, 新井 恵美, 小松﨑 倫子
    音楽教育実践ジャーナル
    2005年 2 巻 2 号 92-100
    発行日: 2005年
    公開日: 2018/04/11
    ジャーナル フリー
  • 井口 征士
    日本音響学会誌
    1981年 37 巻 11 号 563-568
    発行日: 1981/11/01
    公開日: 2017/06/02
    ジャーナル フリー
  • 深井 尚子
    音楽表現学
    2006年 4 巻 15-32
    発行日: 2006/11/30
    公開日: 2020/05/25
    ジャーナル フリー

     ベートーヴェンは、1912年から1916年ころまでのほぼ4年間、重要な作品を書かなかった時期がある。その時期は、ヨーロッパの状勢がフランス革命後の混乱の中にあり、ウィーンの音楽的嗜好の変化、ベートーヴェンの危機の疾患の悪化など、ベートーヴェンはたくさんの問題を抱えていた。そのような状況の中、ピアノソナタ作品101とチェロソナタ作品102は、寡作期の中で作曲された数少ない傑作といってよい。これらの作品には、その後に現れるベートーヴェンの後期作品群の特徴が散見され、ピアノとチェロという異なった楽器のための作品でありながら、たくさんの類似性が見られる。

     ベートーヴェンの後期作品群は、現在でも芸術的価値が高く評価され、演奏の機会も多いが、一般的に、その内容は難解で深い内面性を備えているといわれている。そのため、演奏や解釈において困難なものが多い。しかし、その後期作品群の特徴は、 既に寡作期の作品に現れており、後期作品群への過渡期に作曲された、この2つの楽曲を比較検討することで、後期作品群が難解になっていく方向性を検証し、ベートーヴェンの後期作品群の難解さの背後にあるものを探求することができる。そのことによって、ベートーヴェンの後期の作品をより深く理解し、演奏解釈に反映させる方法についての考察である。

  • 山口 真季子
    美学
    2012年 63 巻 1 号 145-156
    発行日: 2012/06/30
    公開日: 2017/05/22
    ジャーナル フリー
    Der Komponist Ernst Krenek hat mit den Pianisten Artur Schnabel und Eduard Erdmann, die oft in ihren Konzerten Schuberts Klaviermusik spielten, zur Neubewertung der Werke Schuberts beigetragen. Krenek hat mit "dem fanatischen Schubert Verehrer" Erdmann alle Lieder Schuberts durchforscht und ausserdem Schuberts unvollendete Klaviersonate in C-dur auf Anregung von Erdmann erganzt. So zahlt diese Erganzung zu einem der bedeutenden Beispiele ihrer Neubewertung. In dieser Studie mochte ich untersuchen, welche Punkte Krenek an Schuberts Kompositionstechnik schatzte und wie er sie auf seine Erganzung anwendete. Durch die Analyse der erganzten Sonate und den Vergleich mit Kreneks Erklarung seiner Erganzungsidee sowie der Struktur der Sonate (1947) habe ich klar gemacht, was fur Krenek das charakteristische an Schuberts Musik ist. Krenek hat in seiner Erganzung Schuberts feinen Sinn der musikalischen "Ausbalancierung" und seine Technik der vielfaltigen "Varianten" angewendet. Andererseits vermied er ubermassige Umformung der Melodien und harmonische Uppigkeit. Krenek hat in dieser Erganzung eine neue Schubert-Interpretation vorgezeigt.
  • 大宮 真琴
    美学
    1958年 9 巻 3 号 23-27
    発行日: 1958/12/25
    公開日: 2017/05/22
    ジャーナル フリー
    In Vol.III (1957) of the 'Annual Report of Studies' of Ferris College, I reported on the first two symphonies of Joseph Haydn under the title of "Haydn's Lukavec Symphonies", in the refference of which I should have elucidated the symphonic efforts of the early classical world. And I might be expected to make clear the thread of relation between the symphonic music of the Old Viennese School and of Haydn in his early age. But this theme has many problems enough to make a new study. As a preliminary essay of this new theme I tried to give some details and construe the problems of early symphonic music of the Vienna in this article. The refference books were following : 'Die Musik des Rokokos und der Klassik' by Ernst Bucken (1928), in which he pointed out eight composers as 'Aelteren Wiener Klassikr' ; and 'Denkmaler der Tonkunst in Oesterreich' XV-II and XIX-II by Guido Adler (1908), in which he compiled the works of them in the name of 'Vorlaufer der Wiener Klassiker' and which is the most important literature of the Old Viennese School, till now.
  • 池上 健一郎
    音楽学
    2020年 65 巻 2 号 122-136
    発行日: 2020年
    公開日: 2021/03/15
    ジャーナル フリー
      本論は、ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)のシンフォニーに頻出する小規模な変奏反復の用法とその特質について、聴き手に対する作曲家のストラテジーという視座から考察するものである。
      「変奏反復veränderte Reprise」は、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714~1788)の《クラヴィーアのための6つの変奏反復付きソナタ》(1760)に由来する概念で、ある形式部分の繰り返しを反復記号で略記するのではなく、作曲者自身が旋律に変化を施したうえで全て記譜すること、またはその反復部分を指す。ハイドンは、1760年頃にバッハからこのやり方を受け継いだと思われるが、それを室内楽曲経由でシンフォニーにも援用し、1790年代に至るまで継続的に扱ってゆく中で、音色やダイナミクスの変化に主眼を置いたジャンル特有の書法を確立してゆく。特に、公開演奏会のために作曲された後期のシンフォニーでは、それは驚きや裏切りなどといった、聴衆に対する直接的な効果を生み出すための装置として、ハイドンの作曲ストラテジーにとって不可欠な存在となっている。また、《交響曲第94番》(1792)第2楽章や《交響曲第102番》(1794)第1楽章に代表されるように、変奏反復は被変奏部分とのペアを形成するだけでなく、しばしば楽曲の他の部分とも柔軟に関連付けられており、それが上述の効果を増強させている点も見逃せない。
      《変奏反復ソナタ》序文に記されているように、バッハの変奏反復は、もともと当時のクラヴィーア奏者による過剰で独善的な変奏を抑制しつつ、正しい変奏法の一例を提示する目的で導入されたため、そのベクトルは主に演奏者に向かっている。それに対して、ハイドンのシンフォニーにおける変奏反復は、作曲家と聴衆との関係において初めて機能するものであり、その意味でバッハのそれとは根本的に様相が異なるのである。
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