長くベートーヴェン研究の問題点だった個人様式研究への集中は、近年是正されつつある。しかし彼に近い範囲で活動した作曲家との作品比較は、ベートーヴェンの真価を理解するために必須であるにも拘わらず、未だ乏しい。
当時彼と並ぶ名声を誇った作曲家であり、有効な比較対象と思われるアントン・エーベルル(1765〜1807)も、ベートーヴェンとの詳細な比較は今まで殆ど行われていない。しかしエーベルルとベートーヴェンは同時期にヴィーンで活動し、一部の作品が成立・上演史に接点をもつため、知己であった可能性が高い。すなわちエーベルルの交響曲作品33とベートーヴェンの交響曲第3番は被献呈者を同じくし、同じ演奏会で上演された。また両者とも弦楽四重奏曲がシュパンツィクの公開演奏会で演奏されている。更にこれらの作品は音楽的にも細部にわたる類似点を持つ(Jackson 2016; Maruyama 2017)。
加えて両者は、例えば三度関係調の多用や大胆な和声・形式構造など、創作全体の特徴に共通点がある。またベートーヴェンの「新しい道」に関して指摘される特徴、すなわち慣習的主題法からの逸脱、音楽のプロセス性、伝統的形式の革新を実現する手法の一部はエーベルルの作品にも見出される。
またエーベルルのチェロ・ソナタop. 26は、《エロイカ》と同じ主催者の演奏会にも出演していたチェリストによって公開演奏されており、ベートーヴェンも聞いた可能性が高い作品である。しかも当作品はベートーヴェンのop. 69と、ジャンルや調のみならず、
楽章
の独立性に疑問を抱かせる異例の作品構成や、その他細部にも共通点を持つ。この作品背景と音楽両方の関連は、両作曲家に共通の音楽的環境が作曲法の類似の一因だった可能性を示唆する。
本稿は、音楽分析により以上の点を示し、ベートーヴェン研究の進展にとってエーベルルの作品が多くの成果を見込める比較対象であることを明らかにする。またそこからベートーヴェンと当時の音楽的潮流との関連を解明し、彼の真価を見極めるための有用な手段として、同時代人との積極的な比較の必要性を提唱する。
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