北太平洋亜寒帯域の主要海鳥類の一種であるエトピリカにおいて生態学的特性とPCBsの蓄積•代謝を明らかにする目的で,オホーツク海,ベーリング海を含む北部北太平洋で1973~1984年の夏期に採集した試料を用い,分布,クチバシの外部形態,組織•器官重量,食性などの生態学的特性,さらに,PCB異性体•同族体の濃度と負荷量,及びその組成を解析し以下の結果を得た。
1.エトピリカの夏期ベーリング海及び北部北太平洋における平均分布密度は1km
2当たり0.953個体であった。また,観察された全海鳥類の1.62%を占めた。エトピリカは他の海鳥類と比較し外洋性の特徴を示し,その特徴は成鳥に比べ幼鳥で顕著であった。
2.エトピリカの越冬海域からの北L移動は幼鳥と比べ成鳥で時期的にも,また速度的にも早かった。これは成鳥が繁殖地にいち早く達する必要があるのに対して幼鳥は好適索餌海域の形成に合わせ北上すればいいためと考えられた。ざらにこの成長段階による北上過程の違いは幼鳥の換羽が5~7月なのに対して成鳥の換羽が繁殖期以降に行われることを示唆した。
3.エトピリカは表面水温2~12°Cの広い水温帯に分布していた。成鳥は6°C前後の水温帯に集中的に分布していたが,幼鳥は2°Cから12°Cまで比較的均一に分布していた。そして表面水温12°C以上の海域には分布せず,8~9月には北緯47度以北に分布が限られていた。このことは,北西部北太平洋における冬期の分布南限が北緯35度近辺,つまり亜寒帯境界を越え亜熱帯北部に達することを示唆した。
4.エトピリカの上嘴に形成されるFurrowを基に六つの成長段階に分け(F(Y),F(0),F(1),F(2),F(3),F(4))クチバシの外部形態を測定したところ,ほとんどの測定部位で雄>雌であった。特に会合線方向の測定値では中央値を基に約7割の確率で雌雄の判別が可能であった。
5.Furrowの増加に伴う各測定値の変化は以下の三つに分類できた。1.一定。2.F(Y)からF(0)で増加しその後一定。3.F(Y)からF(0),F(2)からF(3)で増加する。そして,クチバシの成長は,まず会合線方向以外の成長がみられF(Y)の成長段階からF(0)~F(2)の成長段階となり,次いで上嘴が成長しF(3),F(4)の成長段階になると考えられた。
6.エトピリカにおけるFurrowと年齢の関係を推定すると,F(Y):0~1歳,F(0):1~2歳,F(1):2~3歳,F(2):3~4歳,F(3)及びF(4):5歳以上となった。このFurrowと年齢の関係はクチバシの成長とよく一致していたことから,F(Y)を幼鳥,F(0)~F(2)を亜成鳥,F(3),F(4)を成鳥とする三つの成長段階に区分できた。
7.組織•器官重量はいずれの成長段階でも雌に比べ雄で大きい値を示し,特にその差は臓器に比べ骨格系と筋肉系で顕著であった。幼鳥から亜成鳥で全体的な成長,そして亜成鳥から成鳥で骨格系の成長が認められた。生殖腺は重量,重量割合共に成長に伴い増加した唯一の器官であった。骨格系の重量割合は雄では成鳥>亜成鳥,雌では亜成鳥>幼鳥で有意であり,雌雄間における成長のタイミングのずれが示唆された。
8.エトピリカの成鳥雄の組織•器官重量割合は,近縁種であることを反映しニシツノメドリと類似していた。一方アデリーペンギンと比較すると,肝臓及び腎臓の重量割合が高く,エトピリカで代謝,排泄能力が優ることが示唆された。
9.主要餌生物はイカ類で,ついで魚類もよく利用されていた。オキアミ類,端脚類など他の餌生物は主に成鳥により利用されていた。特にベーリング海における利用が顕著であった。
10.イカ類はいずれの海域でもよく利用されていたが,魚類は幼鳥では北緯47度からアリューシャン列島に至る海域,成鳥では4月,5月のアリューシャン列島以南の海域で利用されていた。また,成鳥に比べ幼鳥は小型の魚類,イカ類を利用する傾向が認められた。つまり,エトピリカにおける餌生物の利用は,成長段階で時空間的,サイズ的に異なることが示唆された。
11.エトピリカに残留するPCBs,DDEの総体中濃度は,それぞれ270±50ng/g(平均値±標準偏差),170±50ng/g,体内総負荷量は160±40μg,100±30μg,またPCBs/DDE比は0.61±0.11であった。両化合物濃度の間には相関係数0.818の正相関が認められ,いずれの検体でも質的に似た暴露を受けていること,さらにはエトピリカの分布域におけるPCBs,DDEの汚染状況が似ていることが示唆された。
12.PCBs,DDE濃度には顕著な雌雄及び成長段階による差はなかった。このことは成長段階の早い時期に化合物の蓄積平均に達していることを示唆する。そして,両化合物の魚介類との間の生物濃縮係数はイルカ類に比べ小さく,代謝力が優る,もしくは効率よく排泄できる,またはその両方が考えられた。
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