研究目的
近年の都市化による社会構造の変化と多様化は,都市空間も複雑化し,それにともなって不特定多数の人々が被害者となる犯罪機会が増加してきた.そのような犯罪行動を説明する際に,「環境」が犯罪者や被害者を含めた犯罪行動全般に影響しているとする「環境-犯罪行動」の相互作用論がある.これは犯罪者の環境に対する認知を考慮するものであり,環境が犯罪を誘発する要因にも規制する要因にもなりえることを示唆している.したがって,本研究では都市環境の違いが,特に都市の土地利用との関連で
窃盗
犯罪の発生傾向にどのような地域差を生じるのかを,東京都23区を対象にマクロな視点から分析する.
研究方法
東京都23区の区単位の用途別土地利用比率を基本指標として,
窃盗
犯罪との関係を統計的に分析する.その後,分析結果に基づいて建築物・人口関連の指標を加味して,
窃盗
犯罪発生の地域性をさらに検討する.
窃盗
犯罪のデータは警視庁ホームページの各管轄部門から,平成18年と19年の
窃盗
犯罪認知件数の平均値を,区ごとの面積で除した犯罪発生率を使用する.対象とする犯罪は,侵入盗,乗り物盗,ひったくり,自販機荒らし,車上狙い,万引き,置き引き,スリの8つである.
土地利用と窃盗
犯罪
最初に,土地利用比率と
窃盗
犯罪発生率の相関係数を算出した.その結果,工業用地割合と8つの
窃盗
犯罪は負の相関傾向を示した.これは,工業環境が
窃盗
犯罪の発生に抑制的な影響を与えていることを意味している.この原因は,工業地位では
窃盗
の被害対象となりうる要素が相対的に少ないためで,その傾向は侵入盗で顕著に現れている.また,乗り物盗,ひったくり,車上狙いはどの土地利用とも相関がみられず,それらの犯罪はどの土地利用でも起こることを示唆している.侵入盗と住宅地や商業地の土地利用との相関は予想に反して低い.つまり,これは住宅が多いから住居侵入が多く発生するという単純な図式で説明できないことを示している.自販機荒らし,万引き,置き引き,スリは公共用地や商業地と高い正の相関を示していることから,商業規模の大きいところほど犯罪が起きやすいことになる.
次に,土地利用比率と
窃盗
犯罪発生率の関連を説明するために,種類別の
窃盗
犯罪発生率を目的変数に,土地利用比率を説明変数にして全変数型の重回帰分析を行った.その結果,全体的な残差の傾向から商業地域環境の違いが
窃盗
犯罪発生の傾向に影響を与えていることがわかった.つまり,土地利用比率のみのモデルで算出された標準化した残差の和と商業用地割合の散布図から,象限別分割を基本に残差の高さなども考慮すると,
窃盗
犯罪発生の地域性はAからDの4つに区分できる.
Aは区部の外縁西部の地域で,建築楝数密度と人口密度が高く,侵入盗とひったくりが多い.BはAと類似した傾向を示すが,区部の東側で乗り物盗と車上狙いが多く,Aよりも全般的に犯罪が多い.中野区は区域西部で,Bの区分に属している.これは,中野区が新宿区,渋谷区,豊島区の繁華街と隣接し,犯罪多発地域からの連続した影響を受けているためである.Cの区分では大繁華街が立地し,万引き,置き引き,スリの発生件数が急激に高まり,全ての
窃盗
犯罪の発生件数が高くなる.また,C区分では建築楝数密度が高いだけでなく,容積率,道路率,建蔽率も高く,都市空間の複雑性が
窃盗
犯罪の温床にもなっている.Dの区分は23区の中心に位置づけられ,そこでは中枢的な公共施設が多い.この区分で特徴づけられる地域は道路率,平均敷地面積,容積率が高く,昼と夜の人口差が激しい.
窃盗
犯罪では乗り物盗とひったくりの発生率は低いが,それ以外の
窃盗
犯罪は高い.これは,被害対象や犯罪機会の多少に関係していると考えられる.
結論
以上の分析からわかったことは以下の通りである.
(1)
窃盗
犯罪の種類によって土地利用が発生率に影響を及ぼしやすいものがあり,発生傾向が
窃盗
犯罪でも土地利用からの影響には差がある.
(2)23区域の東部と西部,および中央部は土地利用の性格が異なっており,その地域的差異は
窃盗
犯罪の発生に大きな影響を与えている.23区域周辺から中心に向かうにつれて
窃盗
犯罪は増加し多様化する傾向にあり,中央部周辺の大繁華街地域でピークを迎える.
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