【目的】当院は精神科210床、内科98床を有する施設である。精神科病棟では、入院患者の約8割が
統合失調症
の患者であるが、近年、長期入院に伴う
統合失調症
患者の高齢化および転倒が問題となっている。そのため、疾患別の理学療法介入だけではなく、各病棟で1週間に2回、転倒予防目的で集団体操を実施している。集団体操は理学療法士1名が頚部、上肢のストレッチ、下肢の筋力トレーニング、バランス練習を中心に30分間実施している。集団体操を行う中で、
統合失調症
患者の、特に上肢の模倣動作を遂行する場面において、動作の模倣が困難な場面を見かけることが多々ある。
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患者は、元々注意の容量の少なさや情報処理能力が低下しているなどの特徴を持つことが指摘されている。身体疾患の発症により理学療法が介入する事例が増加する中で、模倣動作が苦手で運動療法が困難な患者も多い。一方、内科病棟に入院している認知症患者では、模倣動作を行う上で遂行困難な場面は少なく感じられる。今回、認知症患者は認知機能の低下とともに模倣動作能力も低下するのに対して、
統合失調症
患者は認知機能が保たれていても模倣動作が苦手であると仮説を立て、
統合失調症
患者と認知症患者で、認知機能の低下と模倣動作能力の低下との関係性に違いがあるかどうかを検討することを目的に調査を行った。
【方法】対象は、当院の精神科病棟に入院している
統合失調症
患者で、脳血管障害や精神発達遅滞の既往がない20名(M3名、F17名、平均年齢73.3歳)と、内科病棟・精神科病棟に入院している脳血管障害の既往がない認知症患者14名(M2名、F12名、平均年齢83.2歳)である。方法は、認知機能の検査として改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、模倣動作能力の検査として、標準高次動作性検査の中から選別した顔面動作、上肢慣習的動作、上肢手指構成模倣、上肢客体のない動作の10項目を行った。完全に模倣を0点、拙劣あるいは修正により可能を1点、不可を2点とし、0~20点で評価した。
【説明と同意】検査を実施するにあたり、協力をして頂いた
統合失調症
患者20名と、認知症患者14名には検査内容を説明し同意を得た上で実施した。
【結果】
統合失調症
患者のHDS-Rの結果は平均15.7点、模倣検査の結果は平均5.9点であった。認知症患者のHDS-Rの結果は平均10.5点、模倣検査の結果は6.4点であった。両群で相関関係を求めた結果、
統合失調症
患者の相関係数は0.66、認知症患者の相関係数は0.65であり、両群ともに認知機能と模倣動作の間に相関関係が認められた。回帰関数の検定では、
統合失調症
患者はp=0.001、認知症患者はp=0.011となり、有意な結果が得られた(p<0.05)。また、
統合失調症
患者と認知症患者の両群の回帰係数の比較を線形回帰分析を用いて検定した結果、有意差は見られなかった(p<0.05)。
【考察】
統合失調症
患者の模倣動作能力の低下を検討するために、認知症患者と比較しHDS-Rと模倣検査を実施した。臨床場面では、
統合失調症
患者は認知症患者に比べ模倣が苦手であると感じていたが、両群の間に有意な回帰係数の差は見られなかった。この結果から、
統合失調症
患者に運動療法を実施する上で、認知機能に即した模倣は可能であり、十分な効果を得ることが出来ると思われる。しかし、両群の回帰係数に有意差はないものの、
統合失調症
患者の回帰グラフの方が直線の傾きは緩やかであった。つまり、
統合失調症
患者の方が、認知機能と模倣動作能力のばらつきが大きい可能性がある。今回の研究では対象者の数が少なかったため、両群の間に有意差は得られなかったが、対象者の数を増やすことで仮説を支持する結果が得られる可能性がある。今後は、運動療法を継続することで模倣動作能力が向上するのかなどを検討するべきであり、対象者を増やして調査を継続したい。また、
統合失調症
患者の脳のX線CT(CT)やmagnetic resonance imaging(MRI)による検討では、側脳室の拡大、第3脳室の拡大、脳溝の拡大などが報告されており、なかでも側脳室の下角の拡大などが一致した所見である。脳実質の計測では、側頭葉に異常所見が多く認められ、特に内側部の海馬、扁桃体、海馬傍回の体積減少などが報告されている。これらの報告から、
統合失調症
患者の脳の形態学的な異常と模倣動作能力の低下に何らかの関連性があるのか、今後検討する必要があると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
統合失調症
患者と認知症患者の認知機能と模倣動作能力を比較し、両群に差がないことから、現時点では
統合失調症
患者に運動療法を実施する上で、
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の影響による模倣の困難さが阻害因子となる可能性は否定された。
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