本稿は現在のきびしい国家財政事情の中で求められている社会保障制度の改革について筆者なりの一つの試案を提示することを目的としたものである。そのベースとなっているのは,第2 次世界大戦後1960 年代までの資本主義の黄金時代の高度経済成長期が終わり,70 年代からの成長減速にともなって経済社会の不確かさとリスクが増大して大きく変容した資本主義と民主主義についての考察である。
成長の減速は当然に利子率の傾向的低下をもたらし,金融負債の増大から金融資産全体が膨張して経済の金融化が進行する中で,グローバルな国際競争に対処するために採られた企業や政府の戦略や政策によってもたらされたものは所得と富の格差の拡大であった。そして到来したのは大きな不確かさの中でのリスク・シフト(移転)時代であり,その一つの代表的な例が年金問題である。すなわち増大した経済的リスクの負担を公共部門や企業部門からミドル・クラス以下の勤労者やその家族に自己責任(DIY)としてシフトするために考えられた確定給付(DB)型から確定拠出(DC)型への年金改革であった。高齢化によって引退後生存年数の長くなった時代のリスクに備えるために自己責任が重要であることは言うまでもないが,大格差時代においてはすべてをDIY 型の私的年金に頼ることはできず,政府や企業の支援による社会的相互扶助型年金の役割も大きい。しかし,そこでは財源問題が最大の困難として立ちはだかっている。
そのような問題を含めて社会的セーフティ・ネットとしての社会保障制度を考える場合に古くから論じられてきたベーシック・インカム(BI)についても再検討する意義があるというのが筆者の見解である。本稿の初稿執筆時の本年1 月にはほとんど誰にも予想もできなかったような新型コロナ・ウイルス(Covid-19)感染症問題が,経済,社会,公衆衛生の複合的危機として出現し,財政,金融,社会面で大規模な緊急政策が採られている。その中には国民1 人に一律10 万円給付のように,永続性を約束されてはいないにせよ財政赤字問題を棚上げしたようなBI 的施策も含まれていることは注目に値することと言えるであろう。
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