抄録
戦時下図画・工作教育は,それ以前の脱自由画教育時代の内容を高度に飛躍させた。戦時的題材以外は次期の占領下図画工作に継承された。通念的戦後像と相容れない戦時下教育が,戦後教育に継承されたことを立証するために,まず,通念的戦後像の虚像的性格を指摘して相対化した。次いで戦時下に総力戦体制が成立し戦後に継続したとする山之内の説を援用した。戦時下図画・工作教育が生産社会に対応する高い内容をもったこと,それが戦後美術教育に継承されたことを実証した。山之内の説をふまえ,昭和40年代以降の美術教育を消費社会,そして現代の美術教育を高度情報社会という社会像に対応させた新たな説明ができることを提案した。そうすることで導かれる新たな近代日本美術教育史区分を提示した。