【講演者の紹介】
長田和実(おさだかずみ): 日本大学 生物資源科学部, 食品開発学科 特任教授
略歴: 2025年4月 – 現在 :同, 特任教授に就任2019年4月 – 2025年3月:日本大学 生物資源科学部, 食品開発学科 食品栄養学研究室, 教授 2004年4月 - 2019年3月:北海道医療大学, 歯学部 口腔生物学系 生理学分野, 准教授 1997年4月 - 2004年3月:大正製薬, セルフメディケーション科学研究所, 主任研究員 1999年4月 - 2000年9月:Monell Chemical Senses Center, Visiting Scientist 1995年4月 - 1997年3月:東北大学農学部, 栄養学研究室 受託研究員 1990年4月 - 1995年3月:大正製薬(株)本社企画部配属1986年4月 - 1990年3月:東北大学大学院農学研究科 食糧化学専攻 1982年4月 - 1984年3月:明治大学大学院農学研究科 農芸化学専攻 1978年4月 - 1982年3月:明治大学, 農学部, 農芸化学科
「適塩」は現在社会に残された栄養学上の重要なテーマの一つである.本研究は,マウスに匂いをかがせて減塩効果を確認し,匂い中の活性成分を同定し,そのメカニズムを解明することを目的とする.嗅覚情報は辺縁系などに直接入力し,情動の発現,視床下部ホルモン分泌,自律神経調節などに強力に作用するため,生得的,効果的な塩味調節作用を発揮する可能性がある.食品の匂いが塩味調節作用を持つことを示唆する研究は多いが,活性物質の同定に至った研究は少なく,減塩を促進する匂い物質の解明が求められている.本研究は食品中の匂い成分を用いた食塩摂取調節に新たな可能性を追求するものである.
まず,マウスの二瓶選択実験の系を作成し,自作の匂い発生器と二瓶選択法を用いてC57BL/6J雌マウスに対して水と0.15 M NaCl水溶液の24時間の摂取率を計測し食品中におい成分の適塩作用を確認した.その結果,オレガノ(Oregano),再仕込み醤油,ベーコン燻煙臭,などに活性があり,中でもオレガノの活性は高かった.次にオレガノの揮発性成分を固相マイクロ抽出法およびGC-MSを用いて揮発性物質プロフィールを明らかにし,揮発性有機酸やアルコール類,モノテルペン類などが含まれていることが分かった.このうち,全体の66%はCarvacrolであった.気相中の匂い成分を簡便正確に定量する方法を開発し(Osada, et,al. 2021: Biosci Biotechnol Biochem. 2021;85(12):2343-51.),Carvacrolを一定の濃度で24時間継続的にマウスに暴露する実験系を用いてCarvacrolがOregano の活性成分の主体であることを突き止めた.
次に,Oregano(Carvacrol)の顕著な適塩作用に着目し,適塩効果の濃度依存性,雌雄差,について研究した.Oreganoの匂いによりマウスの食塩水嗜好率の低下は雌雄共に誘起された.一方Carvacrol単独の場合,雌では適塩作用を誘起したが,オスでは弱かった.また24時間の食塩水摂取量の抑制は濃度依存的に起こったが,適塩活性を発揮する閾値はメスの方が低かった.したがってOreganoの効果は雌雄同様に見えるがCarvacrol 単独では雄の活性が低いことから,少なくとも雄に関してはCarvacrol以外の揮発性成分も減塩効果に関与している可能性が示唆された.
オレガノの十分な適塩効果を確認した後に,嗅球,扁桃体,視床下部などを採取して各組織のcDNAを定量PCRに供した.食塩摂取に関与するホルモンや神経伝達物質等のシグナル物質及びその受容体を解析したところ,オレガノ群にて嗅球と扁桃体のセロトニン受容体の有意な増加が確認され,セロトニン神経系の活性化が適塩効果と関連することが示唆された.さらに視床下部ではオレキシン系の低下とオキシトシンの弱い増加が見られた.これら脳内シグナル系の転写活性の増加を介して適塩作用が発揮されているものと解される.
最後に,免疫組織化学的手法を用いて,Oregano揮発成分が塩分の食欲を司る脳領域に及ぼす影響を探った.その結果,Oregano揮発成分が塩分摂取の中枢である分界条床核腹側部(VST)を雌雄ともに有意に刺激することが確認された.これらの結果は,Oreganoの揮発成分の嗅覚刺激が,VSTに作用して適塩作用を誘導していることを示唆している(Osada, et,al. 2025: Biosci Biotechnol Biochem. Apr 89(5):776-786).現在Oregano(Carvacrol)VST以外の食塩調節中枢に対する作用についても検討しており、匂いによる適塩誘起サーキットを明らかにする研究を進めている。