抄録
本論では, 火災をうけた鋼構造物の熱履歴温度を推定するための指標として高力ボルトセットに着目し, これらの熱履歴後の引張試験・硬さ試験を行った。その結果, 座金のH_RC硬さが最適であるとの結論が得られたので, 化学成分, 熱処理条件の異なる7種類の座金について, 均熱時間, 冷却方法を変化させて詳細な実験を行い, 座金硬さによる熱履歴温度の推定式を提案した。また, この推定式の妥当性を確認するために, 火災現場での座金硬さ分布を調査し, 目視及び普通鋼材の引張試験結果との比較を行った。得られた知見は以下のようなものである。1)ボルトセットの引張試験より, 降伏点及び引張強さが低下する熱履歴温度は, ナット・ボルト・座金の順に低くなり, それぞれの焼戻し温度付近である。2)ボルトセットの硬さ試験より, 400℃〜700℃の熱履歴温度では, 温度が高くなるにつれ直線的に硬さが低下する。冷却方法とH_RC硬さの関係は, 水冷での硬さ値が最も高くなり, ついで空冷・炉冷の順となり, この傾向は均熱時間が短く, 熱履歴温度が高いほど顕著に現れる。3)各社座金の硬さ試験より, 製造会社ごとに座金の化学成分及び焼戻し温度が異なるため, 硬さ低下が始まる熱履歴温度及び硬さ低下率が異なり, 熱履歴温度が同じでも, H_RC硬さで約5の差が生ずる。実際に座金硬さを熱履歴温度の推定指標として用いるために, 座金について次の3つの場合を想定してそれぞれの場合の熱履歴温度の推定式を提案し, 推定温度の誤差の範囲を示した。Case I;製造会社すなわち化学成分及び熱処理条件が既知の場合, Case II;化学成分中の炭素量が既知の場合, Case III;化学成分及び熱処理条件が未知の場合。4)これらの質料を用いて, 火災現場の熱履歴温度を推定した結果, 調査Iでは被害の最も大きい部分でも高々400℃以下であり, 高力ボルト接合部は増し締めなどの補修により再使用可能であると推定した。調査IIでは, 400℃〜700℃の温度域では熱履歴温度幅の推定を行い, これ以外の温度域では, 熱履歴温度の上限値及び下限値を推定した。また, この結果に基づき高力ボルト接合部のうち取り換える必要のある部分と, 補修により再使用可能な部分を区分した。この推定結果は, 他の目視検査及び引張試験の結果などを一致するものであり, これにより本推定法の妥当性が確認された。