抄録
植民地時代の台湾における都市システムの変遷について、中枢管理機能の立地および鉄道網の形成に注目して検討した。中枢管理機能の立地については、主要企業の立地、台湾総督府の所属官署の立地とも、台北·基隆·台中·台南·高雄などの都市が日本統治の拠点として成長し、特に台北は戦時体制下で優位を強めた。一方、台湾ではこれらの主要都市を結ぶ縦断鉄道が建設され、1920年代前半には農産物の集散地としての性格の強い都市の旅客収入が多かったが、1940年代には中枢管理機能の立地と同様に台北の突出傾向が強まっている。これは台湾が鉱産資源に乏しく、工業化があまり進まなかったことを反映している。このように台湾においては清代から多様な都市が存在したものの、植民地時代には各都市の位置付けが上から決定され、その都市システムは日本の政策によって完全に左右されていた。