日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会秋季学術大会
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ヨーロッパ統合時代のフランス・ドイツ・スイス国境地域(5)
地域言語の展開にみるアルザス地方
*三木 一彦
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p. 13

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抄録

1 はじめに 言語は、一般に近代国民国家の重要な統合原理となってきた。しかし、西ヨーロッパを二分するラテン(ロマンス)系言語とゲルマン系言語の境界線は、必ずしも国境とは一致しておらず、ベルギーとスイスはこれら両系統の言語をあわせもつ多言語国家である。ここでとりあげるアルザス地方は、今日、政治的にはフランスに属しているものの、言語的には長らくドイツ語系の地域であった。本報告は、アルザスの地域言語(以下、アルザス語とする)をめぐる諸問題を検討し、国境のもつ意味の変遷とその現状をとらえようとするものである。2 歴史的展開 神聖ローマ帝国領であったアルザスがフランス領に組み込まれたのは、三十年戦争後の1648年のことである。これ以降、公用語としてフランス語が導入され、徐々に浸透していったとはいえ、民衆の間では依然としてアルザス語が日常的な言語であった。そのことは、普仏戦争後(1871年)にアルザスがドイツ領に編入されたときの状況を描いたドーデの「最後の授業」からも読みとることができる。しかし、1918年の第一次世界大戦終結以降、ナチ統治下の数年間を除くとフランス領であり続けたアルザスでは、フランスの中央集権的な政策と相まって、大半の住民の日常言語がフランス語となり、アルザス語の地位は相対的に低下してきている。とくに、第二次世界大戦後は、ナチ統治への反動もあって、フランス語を重視する傾向が強まった。3 現状と展望 こうした中、アルザスの地域文化を見直し、フランス語とアルザス語の二言語併用を目指す動きが、学校教育やマスメディアなど、さまざまな場で広まりつつある。近年、アルザスの中心都市であるストラスブールに開通した路面電車の駅名には、一部でアルザス語とフランス語の二言語併記が採用されている。また、アルザス語の普及活動を行なう拠点として、アルザス言語・文化事務所(略称OLCA)といった機関も設立されている。 正六角形になぞらえられるフランスの国土は、おおよそその各頂点に固有の地域言語をかかえている。そして、近年、アルザスのみならず、各地で地域言語が見直されてきている。そうした流れをうけて、フランスの国立統計経済研究所(略称INSEE)は、1999年に全フランスの38万人を対象に、地域言語の使用状況に関する調査を行なった。その結果、アルザスにおける地域言語使用が、地域言語が存在する他の地方(ブルターニュやバスクなど)よりも比較的盛んであることが指摘されている。その一因として、EU統合にともなうドイツ側との交流の進展をあげることができよう。つまり、国境のもつ性格の変化が、アルザス語の運命に影響を与えているといえる。 本報告では、INSEEの調査結果などを用いつつ、アルザスにおける地域言語の現状について、フランスの他の地域言語とも比較しながら述べていきたい。

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