日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会秋季学術大会
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関東・中部日本と東部イングランドにおける河川の懸濁物質濃度と流域環境との関係
*畑屋 みず穂シアク ジャン小口 高ジャービー ヘレン
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p. 144

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抄録
I.はじめに
地形学や水文学の分野では,河川の懸濁物質(suspended sediment)に関する研究が世界各地で行われてきた.懸濁物質の供給源は、斜面や河道沿いでの侵食,農地での表面流出,家庭・工業排水,建設活動など多様である.このため,地形,地質,気候,土地利用などの流域の諸特性と河川の懸濁物質濃度との関係が検討されてきた.このような自然・人文環境の多様な要素の解析には,電子データとGISの利用が有効である.日本では河川の懸濁物質と流域環境との関連を論じた研究は少ないが,この課題に関連するデータのデジタル化が官公庁によって進められている.英国では1990年代のLOIS(Land Ocean Interactive Study)プロジェクトにより,東部イングランドの水質と流域環境に関するデータベースが構築された.
本研究では,懸濁物質濃度と上流域の諸特性との関係を検討するために,日本と東部イングランドに関する電子データとGISを用いた解析を行った.
II.調査地域と使用データ
日本については関東から中部地方の主要8河川(阿賀野川・荒川・信濃川・多摩川・天竜川・利根川・那珂川・富士川)の流域を検討対象とした.環境省の電子ファイルを用いて,1970年代末期以降に懸濁物質濃度の計測が150回以上行われた460地点における平均懸濁物質濃度を算出した.また,国土地理院のDEMを用いて各地点の上流域を表すポリゴンを発生させ,各流域の平均標高と平均傾斜を求めた.さらに,環境省の土地利用データと総務庁統計局の人口データを用いて,各流域の土地利用構成比率と平均人口密度を求めた.
東部イングランドに関しては,この地域で最大の流域面積を持つハンバー流域(Humber Catchment)を検討対象とした.この流域には,Aire,Derwent,Don,Hull,Ouse,Trentの6つの主要河川が存在する.LOISプロジェクトを通じて整備されたデータベースを用いて,1986年から1996年に懸濁物質濃度の計測が100回以上の行われた339地点を抽出し,各観測地点の平均懸濁物質濃度を求めた.また,GISとDEMを用いて各観測地点の上流域を抽出し,各流域の平均標高と平均傾斜を求めた.さらに,LOISのデータベースに収録された土地利用と人口分布のデータを用いて,各観測地点の上流域の土地利用構成比率と平均人口密度を求めた.
III.データ解析
各観測地点の平均懸濁物質濃度は2から65mg/lであり,値の範囲は日本とイングランドでほぼ同一であった.平均懸濁物質濃度と上流域の諸特性との関係を,日本の8流域とイングランドの6流域ごとに調べた.その結果,大半の流域では,懸濁物質濃度が流域の標高,傾斜,自然植生の比率と負の相関を示し,人口密度と居住域の比率とは正の相関を示すことが判明した.ただし,天竜川,富士川,およびHull川の流域では上記の相関が不明瞭である.また,日本では懸濁物質濃度と農地の比率が正の相関を持つ場合が多いが,イングランドでは正の相関を持つ場合と負の相関を持つ場合がある.
IV.考察
懸濁物質濃度と流域特性との一般的な関係からみて,調査地域における懸濁物質の主要な供給源は,自然の侵食ではなく家庭・産業廃水や農地での耕作といった人間活動と判断される.一方,日本の山地では,崩壊などの自然の侵食によって粗粒物質が多量に生産され,河道沿いでは多量の掃流物質が運搬されている.したがって,日本の懸濁物質濃度の空間分布は,掃流土砂濃度の分布とは大きく異なるといえる.ただし,南アルプスや富士山という急峻な山地に沿って流下する天竜川と富士川の流域において,流域の諸特性と懸濁物質濃度との相関が低いことは,急斜面での自然の侵食による細粒物質の供給がある程度活発なために,自然と人為の影響が相殺している可能性を示す.
イングランドの流域の標高と傾斜は日本に比べてかなり小さいため,懸濁物質濃度に対する自然の侵食の影響は,日本よりもさらに小さいと考えられる.懸濁物質濃度と農地の比率とが正の相関を示すDerwent川とOuse川の流域には都市が非常に少ないが,明確な負の相関を示すTrent川の流域には多数の大都市が含まれる.Trent川流域の大都市近郊では,家庭・産業廃水の影響により懸濁物質濃度が上昇しているが,これらの地域では都市化により農地の比率が顕著に低くなっており,そのために懸濁物質濃度と農地の比率に負の相関が生じたと判断される.なお,Hull川の流域は非常に平坦で,全域で農地が卓越するため,各観測地点の上流域の特徴が酷似している.このために,流域の諸特性と懸濁物質濃度との関係が不明確になったと考えられる.
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© 2003 公益社団法人 日本地理学会
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