抄録
1.はじめに
海成段丘面の形成は,地盤の隆起と海面変動の相互作用によることが明らかとなっている(吉川ほか,1964).しかし,その発達形態については,高海水面期に形成された段丘面が広く発達すると考えられているが,それに関する十分な検証はなされていない.本研究では,海面変動と地盤隆起,海食作用という3つの要因を対象とした海成段丘形成シミュレーションを行い,異なる諸条件のもとで形成される海成段丘面の縦断形について考察を行うものである.
2.シミュレーションの方法 今回のシミュレーションは,海食作用の卓越する地域における海成段丘の縦断面形の算出を目的とする.段丘の縦断面形におけるシミュレーションを行うにあって,定義すべき条件として,原地形,隆起速度,海食速度,海面高度,海況がある.
a)初期条件の与え方
現地形を正確に復元することは困難であることから,ここでは任意の勾配を有する一次直線により定義する.
b)隆起速度:第四紀を通じて地殻変動の様式・量は大きく変わっていないという考えから,隆起速度は一定とする.
c)海食速度:海食速度は一定であったと仮定する.
d)海面高度:海面高度は町田ほか(1980),Chappell and Shackleton(1986)の2種類の曲線を適用した.
4.シミュレーションの方法
シミュレーションの計算間隔は1KA,対象期間は400KAとしてシミュレーションを行う.図1に示すように,隆起速度Upに対し時間dt間に隆起させた地形面が海面高度に達した地点から海食速度Erだけ海水面レベルで水平に後退させる.従って汀線のx座標値は,海面高度と地形との交点のx座標値x1(ただしx1 ≦0)に海食速度Er(ただしEr ≧ 0)を加えた値x1 + Erとなる.この計算を繰り返すことにより,海成段丘の縦断面を得る. 一方,隆起後の斜面変化の数学的な解法として熱伝導方程式を適用できることが明らかとなっている.そこで平野(1966)の斜面方程式を得られた縦断面に適用する.ここでは境界条件を海面高度として,海面高度以上の地形面について dt = 1 KAとして差分し,計算値を得た.
5.シミュレーションの結果と分析
図2の縦断面形は隆起速度2 m/KA,海食速度20 cm/yearの条件下で得られた縦断面であるが,その断面形は室戸半島で得られている実際の縦断面(吉川ほか,1964)にかなり類似しており,旧汀線高度についてもほぼ一致している.図3に隆起速度,海食速度の違いによる各段丘面の広さ(縦断長)を示す.その結果,同じ隆起速度であっても,各段丘面の広さに大きな差が生じることが明らかである.これまでの研究においては,下末吉期の段丘より下位の段丘として80KA前,60KA前の段丘が顕著に発達すると考えられているが,今回のシミュレーションでは隆起速度が速くなるほど(1 m/KA以上),100KA段丘の発達が良くなる結果を得た.近年の火山灰層序学の知見から,段丘面の形成年代が各地で確定されてきているが,必ずしも下末吉期の段丘面が広く発達しているとは限らない.今回のシミュレーション結果は,このことと合致している. 今後はより詳細な検証を進め,隆起速度,海面変化,海食作用の相互作用による海成段丘の形成過程を明らかにしていく必要がある.
