抄録
_I_.はじめに 本研究の目的は,地理情報システムを用いることによって,平安時代を示す層位の深度情報のデータベースから,平安京の地形を定量的に示すDEM(Digital Elevation Model)を作成することにある. 平安京跡が位置する京都盆地北部は,わが国において最も発掘調査密度が高い地域のひとつである.これらの発掘調査は,考古学的情報に加えて多くの地質情報をもたらす.そのため,平安京跡には発掘調査から得られた地質情報が発掘調査報告書として蓄積されている.しかしながら,このような発掘調査から得られる地質情報は,自然科学的記載が不十分であることや二次資料であることを理由にこれまで自然地理学,地質学の研究資料として扱われることは少なかった.本研究では,発掘調査から得られる地質情報の中でも,比較的高い頻度で正確に記載されている考古学的層位(遺構,遺物包含層)の地表面からの深度に注目し,その解析方法と応用事例を示した._II_.資料と分析方法 平安時代を示す層位の深度およびその位置情報は,(財)京都市埋蔵文化財研究所編集の『京都市内遺跡立会調査概報』に記載された情報を使用した.一方,現在のデジタル標高データは,国土地理院の数値地図50mメッシュおよびレザープロファイラによって作成された2.5mメッシュのデジタル標高データ(パスコ社製)を用いた. DEMに関する各種分析には,ESRI社のArcGISを利用した.平安時代を示す層位深度のデータは,層位深度の判明している地点をGISにポイントデータとして入力し,そのポイントデータをクリキング法で内挿することによりラスタ化した.平安時代の標高を示すDEMの作成は,現在の標高を示すDEMから平安時代の層位深度のラスタデータを差分することによって算出した._III_.結果・考察_丸1_平安時代の層位深度の空間的分布には地域性がある.平安京域では,左京の堀川以東の地域において層位深度が大きくなる.とくに左京の五条以北に,層位深度が1.5m以上に達する地域が分布する.こうした地域は,15世紀_から_江戸時代の鴨川の洪水氾濫に伴う堆積物が多く供給されている地域である._丸2_平安時代の標高を示すDEMから1m等高線図を作成した結果,現在のDEMと異なる地形起伏を検出することができた.さらに,地形面の境界が明瞭になり,平安時代以前に形成された地形面の区分が容易になった._V_.展望_丸1_平安時代以降にも地形景観は著しく変化しており,現在の環境や景観を示す等高線図や地形分類図の過去への適用は誤った解釈を導く可能性がある.過去の地形景観を直接的に示すDEMは,遺跡立地や土地利用,土地開発と地形環境との関係について,より正確な考察を可能にする._丸2_遺構埋没深度の空間的分布は,一定期間における堆積量の空間的分布を示しており,過去の河川の洪水氾濫区域を復原するための指標になる.また,これは工学的知見から作成された現在の浸水区域想定図ともよく一致していることから,洪水ハザードマップの作成に活用できる可能性がある.