抄録
日本人の海外旅行者数は,1964年の海外旅行自由化とともに急激な増加を示してきた。現在では,毎年1500万人以上が海外旅行に出かけている。一方,訪日観光客数はその3分の1にすぎない。 日本人の全海外旅行のうちヨーロッパを目的地とするものはわずか13_%_である(2000年)。さらにアルプス諸国への旅行は,その10分の1程度にすぎない。しかしながら,観光客に関する統計資料が整備されているアルプス諸国では,目的地の地域的分布や宿泊施設の利用などに関して,他国からの観光客との比較が可能である。そこで本研究では,アルプス諸国,とくにスイスとオーストリアを対象とし,日本人観光客の滞在パターンを明らかにする。とくに日本人観光客の目的地や宿泊施設の利用といった特徴を,他国の観光客との特徴を比較しつつ分析を進める。またこうした分析から,日本人旅行者による海外観光地への影響を考えていく。 日本人によるスイスへの旅行は1960年代より一貫して増加を示し,1990年代半ばには宿泊数が100万弱に達した。日本人の旅行の場合,その目的地が特定の観光地に集中する傾向が強い。2000年,日本人によるスイスでの宿泊総数(ホテルのみ)は97万であったが,ツェルマットで最も多く約16_%_を占めた。これに続くのは,インターラーケン(15_%_),ジュネーブ(12_%_),グリンデルヴァルト(11_%_)であった。この4か所で日本人による総宿泊数の54_%_に達している。ジュネーブを除くと,いずれも山岳観光地である。なかでも,インターラーケンとグリンデルヴァルトでは,日本人による宿泊数が当該地域における全宿泊数の25_%_以上に達している。対照的に,スイスの全宿泊数(ほとんどがヨーロッパ人)でこの4か所が占める割合は13_%_にすぎない。 オーストリアの場合もスイスと同様に,日本人による宿泊数は増加を続け,1990年代半ばには宿泊数が50万を超えた。しかし,その後はやや減少している。オーストリアにおいても日本人観光客の目的地は特定の観光地に集中するが,その傾向はスイスよりも強い。2002年,日本人のオーストリアでの宿泊総数は48万であったが,ウィーンで最も多く約62_%_を占め,これにザルツブルク(14_%_)が続いた。この2か所で日本人による総宿泊数の76_%_に達している。ただし,2都市の総宿泊数に対する日本人の割合は4_%_前後にすぎない。オーストリアにおける日本人観光客の行動は都市観光地での滞在で特徴づけられ,他の都市も含めた都市観光地での宿泊数比率は83_%_に達する。一方,オーストリアにおける全宿泊数に占める都市観光地での割合はわずか11_%_でしかない。 利用宿泊施設に注目すると,他国の観光客に比べ,日本人観光客は高級な施設を多く利用する傾向が強い。スイス,オーストリア両国で日本人の95_%_以上がホテルに宿泊している。それに対してスイスの全宿泊客ではその割合は約50_%_,オーストリアでは約60_%_である。 両国における日本人の滞在は,平均で2泊前後と短いことも大きな特徴である。こうした周遊型旅行の卓越に対して,ヨーロッパ人の旅行形態は一般に滞在型である。 日本人観光客にみられる目的地や利用宿泊施設の特徴は,ひとつには団体旅行が多いため生じていると考えられる。またアルプスという空間スケールで考えると,オーストリアでは日本人観光客のほとんどがアルプス縁辺部にある都市に滞在し,オーストリア・アルプスでの宿泊客は非常に少ない。その一方で,アルプスを目的地とした日本人のほとんどはスイスを訪問している。さらに高級な施設の頻繁な利用や,旅行の大きな目的の1つである買い物の存在は,日本人観光客の消費額を大きくしている。そのため,スイスやオーストリアの一部の観光地にとって日本人観光客は重要な宿泊客と位置づけられている。また一部の観光地における日本人観光客の集中は,日本人向けの土産物店の立地を促進し,複数の日本人従業員をかかえる商店も存在する。