抄録
本報告では、地理写真を活用した教育用デジタル教材の開発について、その経緯と概要を報告する。
1.地理写真の重要性の高まりと教材開発の遅れ
地理教育において、地図と共に写真を活用することの意味を論じたものはいくつかある。例えば、イー・フー・ツアン【1】等も地理教育における写真の有効性について言及している。特に、石井實は早くから地理教育における写真の有効性に着目しており、50年を越える教員生活の中で「言語や地図などだけでは、情報の伝達が不十分な場合も少なくない」と、地理写真を活用した授業を行なってきた【2】【3】。石井は、自ら撮影し続けてきた地理写真を児童・生徒・学生・院生に提示し、そこから地理的事象等を読みとらせる。つまり、写真を研究データと共に学習促進ツールとして活用してきたと言えるだろう。
一方、平成14年度より施行された中学校社会科の新学習指導要領には「景観写真の読み取りなど地理的技能を身に付けることができるよう系統性に留意して計画的に指導すること」という記述がある。これは改訂前にはなかった記述であり、文部科学省も写真を地理教育の有効なツールとして認知したと言えよう。
だが、地理写真を用いた教材の開発はなかなか進展していない。石井實を中心として1987年には「地理写真の教材化に関する研究委員会」が発足し、学年毎の写真活用方法やその効果について整理されたが【4】、実際の教材開発には至らなかった。要するに、地理教育の現場における写真の活用について、その重要性は認識されても、実際には積極的な教材化は進められてこなかったと言えるだろう。
2.「地理写真」サイトの開発
以上の状況の中で、我々は、2001年に、石井實氏の膨大な地理写真と長年の教育経験に基づく知見を最大限活用した教材の開発に取り組むプロジェクトを立ち上げた。そして2003年度に、小学校高学年_から_中学生を主たるターゲットとしたWebサイト「石井地理写真塾」をデジタル教材として開発することができた。
http://web.sfc.keio.ac.jp/~s02836tm/geographic-photo/
この教材サイトの技術的試みについては、本学会の別報告で紹介する【5】。ここではサイト作成の方針を述べる。
_丸1_ 既存メディアより効果的な学習の仕組みの実現
Webサイトというデジタルメディアの活用により、既存のメディアでは困難であったコンテンツ(写真やテキスト等)の提示の仕方を実現し、学習効果の向上を狙いとした。例えば、写真とそこから読みとれる地理的事象を同時に見せるのではなく、写真・ヒント・解説と情報を段階的に提示することにより、学習者に考察を促す仕組みを取り入れた。また、地理写真画像の中に関連情報のテキスト等を埋め込み、クリックだけで関連情報探検ができるようにした。
_丸2_ 複数の利用シーンを想定
石井氏によって蓄積されてきた地理写真およびその活用法をWebサイト上に編集し、多くの人が利用できることを狙いとした。その際、教員が授業をする際に利用する「教員の授業支援ツール」、および、授業を受けた生徒が自宅においてさらに学習を深める「生徒の自学自習支援ツール」という二つの利用シーンを想定してサイトを設計した。
_丸3_ 多様な学習・指導スタイルに対応できる構成
複数の種類のコンテンツを用意し、学習者や教員の多様な学習・指導スタイルに対応することを狙いとした。具体的には、地理写真の読み方や使い方といった基礎的知識の獲得を意図する「テキスト」、クイズ形式で反復練習することにより地理写真の読み方の体得を意図する「ドリル」、さらには塾長である石井氏自らによる地理写真の撮影や解釈等に関する「レクチャー」等のコンテンツ構成とした。
3.結語:「地理写真」サイトの活用へむけて
我々のプロジェクトは「写真によって地理を学ぶ」ことの支援と同時に「地理写真について学ぶ」ことも支援する。本サイトが地理教育の発展の一助になると共に、地理写真自体の進展に寄与できれば幸いである。