抄録
1.はじめに
英語圏政治地理学では,1980年代以降,世界経済の進展下における「場所の政治」研究が数多く行われてきた(山崎2001).「場所の政治」は,グローバルに進行する一般的過程におけるローカルな個別的過程であり,「日常生活のレベルにおける人々の社会的相互作用の場」(山野1992)である場所のコンテクストより成り立つ(Agnew1987).しかし,ごく最近の批判的都市記述(原口2003;阿部2003)において,場所のコンテクストの記述は今後の課題とされている.
本研究は,米軍横田基地の立地する東京都福生市を事例として,基地をめぐる場所のコンテクストと場所の政治について明らかにすることを目的とする.そのために,同市における場所の差異に着目しながら,今日までの基地問題の過程を記述する.
2.福生市と横田基地との社会経済的関係の形成
東京都福生市は都心部より40_km_圏内に位置する住宅都市である.福生市の東部には米軍横田基地が立地し,同市面積の32.4%を占める.横田基地は,第2次大戦直後,河岸段丘の上位段丘面に開設され,福生市に対し,さまざまな社会経済的影響を及ぼしてきた.
まず,1950年代初期,福生駅東口周辺地区において,米軍人を主要客とする飲食店街が形成された.また,横田基地に隣接する地区では,基地前商店街が形成され,米軍人を主要客とするテーラー・外国車修理店などが数多く立地した.さらに,福生市内には米軍人とその家族向け貸家である「ハウス」が地主によって数多く建設され,「ハウス」地区が形成された.これらにより,福生市ではいわゆる「基地経済」が成立した.
3.横田基地がもたらす都市問題とその表象
1970年代における基地駐留軍人数の減少により,ハウスの居住者は,日本人の若者へと変化した.このハウスにおける若者の退廃的・享楽的生活は,1976年に発表された村上 龍による小説『限りなく透明に近いブルー』に描かれた.また,基地前商店街は,1970年初期における変動相場制移行に伴う円高により打撃を受けた.
村上 龍の小説は1976年における福生市議会の一般質問でも議題に上った.しかし,ハウス居住者の記録(坂野1980)によれば,市議会に代表される「地元」はハウス地区の住民を蔑視する傾向があったという.福生市では,ハウス地区や基地前商店街のような,基地による問題をめぐる「場所」が形成された.
4.横田基地をめぐる「場所の政治」
しかし,以上のような基地をめぐる問題が,福生市議会において議題に上ることは少なかった.同市議会では伝統的に保守系議員が圧倒的に多く,彼らは政府の安保政策を追認するかわりに,政府に対し,防衛施設関連補助金などの増額を訴えてきた.
また,福生市は,高度経済成長期において急激に人口が増加した.これに伴う都市基盤整備に防衛施設関連補助金は不可欠であった.このため,福生市長や市長与党は,野党による基地への反発に与せず,時には基地による問題をめぐる「場所」を無視することにより,都市基盤整備を推進したのである.
ポスター発表では,以上の根拠となるテクストなどを示す予定である.