抄録
1. はじめに
日本の高山の永久凍土分布を考える場合,冬季の積雪分布が一義的に永久凍土の分布を規定しており(例えば福井 2004),永久凍土分布に与える植生の影響を見いだすことは難しい.しかし,潜在的には植生が永久凍土の分布に影響を与えている.例えば,高橋(1995)は大雪山中央部でハイマツ群落内の秋季の地温が非常に低く保たれていることを見いだした.
カムチャッカ半島ではハイマツ群落やダケカンバ群落といった日本の高山と同じような植生が広く見られる.この地域の年降水量は300 mm程度と日本の高山地域より,はるかに少ないため,永久凍土分布に与える植生の影響を検出することが可能である.
本研究ではカムチャッカ半島エッソ地域でハイマツ群落が永久凍土の分布に与える影響について調査を行った.
2. 調査地域と方法
調査は2004年9月中旬にカムチャッカ半島内陸部に位置するエッソ村の西約6 kmに位置するラテラルモレーン上で行った.エッソ村の標高は約500 m,年平均気温は約-2゜Cで不連続永久凍土帯に属する.
調査はクリノメータを用いたモレーンの地形断面の測量,植生調査,12地点でのピット断面の記載と深度10 cm毎の地温の測定および熱特性計(DECAGON社製KD2)を用いた熱伝導率の測定を行った.
3. 結果
調査地のモレーンの北向き斜面にはミズゴケが広く分布する.頂面にはハイマツ群落が分布し,一部にコケ類がみられる.南向き斜面にはダケカンバが分布する.
永久凍土の分布に影響を与えるピットの表層構成物質をみてみる.ミズゴケ分布地では厚さ20 cm以上のミズゴケのマットが存在する.ハイマツ林床では厚さ数cmのリター層と厚さ10 cm以上のコケモモやイソツツジの根系マットがみられる.ダケカンバの林床には厚さ数cm程度のリター層だけが存在する.
地温はミズゴケ分布地とハイマツ群落内で低く,ダケカンバ林内で高くなるという傾向がみられた.また,ミズゴケ分布地とハイマツ群落内では深度30から50 cmで凍結面を確認出来た.
リター層の熱伝導率は0.05から0.09W m-1゜C-1,根系マット層のそれは0.06から0.11W m-1゜C-1,ミズゴケ層のそれは0.06から0.15W m-1゜C-1と非常に低かった.これに対してローム層の熱伝導率は0.17から0.76W m-1゜C-1とリター層,根系マット層,ミズゴケ層のそれと比較して数倍に達する.
4. 考察
乾燥したミズゴケ層は高い断熱効果を持つため,夏季に凍結層を効果的に保存し,永久凍土が保持されやすい環境をつくり出す.このことは多くの研究者によって確認されている.今回リター層や根系マット層の熱伝導率を測定した結果,ミズゴケ層と同程度,もしくはそれ以下の熱伝導率であることが分かった.つまり,リター層と根系マット層の断熱効果はミズゴケのそれに匹敵するといえる.ハイマツ群落内では凍土層の存在を確認出来た.本地域では10月初旬から地面の季節的な凍結が進行するため,この凍土は永久凍土である可能性が高い.したがって,ハイマツ群落はリター層と根系マット層の高い断熱効果により夏季の融解から凍土を保護し,永久凍土が保持されやすい環境をつくりだしているといえる.