抄録
ナミブ砂漠を流れるクイセブ川沿いには森林がのびているが,部分的に大量枯死している場所がある.本研究は、その樹木枯死の原因を環境変化との関係から明らかにすることを目的としている。 これまでの研究により、樹木が大量に枯死している場所は,砂丘の砂が1m前後堆積し,小さな段丘状の地形をつくっていて,川が北への凸型の湾曲から凹型に移行した地点で,かつ,北に凸部のところのすぐ背後に砂丘がせまっているという共通点がみられた。このことから,洪水が起きたとき,前進する砂丘の先端を侵食し,その砂を下流に堆積させ,樹木を枯死しさせたのではないかと考えられた. 樹木の枯死年代は,枯死木の枝の先端の14Cの濃度等から,1970年代後半から1980年代前半と推定され、砂の堆積年代は,木片の14C年代より,1960年代から1970年代と予想された.クイセブ川は,1962年から1975年までは33日/年と洪水日数が多かったのが,1976年から1985年の10年間には洪水は2.7日/年と激減した.このことから,近年になって洪水が起きなくなったことにより,砂が堆積したままになり,樹木が枯死していったことが考えられた. しかし、これまでの研究では、なぜ、洪水によって運ばれた砂が堆積すると, 樹木が枯死していくのかわからなかった。今回の調査で、この地域の主要な樹木であるAcacia eriolobaとFaidherbia albidaは、深さ50cm以内の浅い地中に、太いものは直径10cm以上にもおよぶ無数の根を放射状にのばしていることが確認され、それらの根が、地表付近の水分をむだなく吸収していることがわかった。調査地域のGobabebは、年平均降水量がわずか27mmであるが、霧による降水量は31mmにものぼる。降水をもたらす霧の発生は年平均37日(1976-81年)である(Lancaster et al., 1984)。この霧は地表付近を濡らす程度であり、その水分がこれらの樹木の生育にとって重要であることが想定される。洪水により地表に砂が堆積することにより、浅い根が地表付近の水分を吸収できなくなったことが予想される。 砂丘の前進に関しては、2002年11月29日に砂丘の先端にポールをたて、モニタリングした。2003年3月1日の観測ではまったくポールは埋まらず、砂丘は前進していなかった。しかし、2003年8月10日には、ポールは深さ60cmまで埋まり、砂丘は100cm移動し、2003年11月30日には、深さ70cmまで埋まり、当初より145cm移動し、2004年8月5日には、深さ130cm、220cmの移動、2005年8月15日には、深さ170cm、移動290cm、2005年12月4日には、深さ190cm、移動は340cmであった。砂丘は継続的に移動するのではなく、突発的に移動し、また、ほぼ同じ角度の傾斜を保ちながら前進し、その移動速度は2002年12月−2005年12月では、70-145cm/年であった。 川沿いの樹木は、その年輪幅が0.5-1.1mmであり、その多くの樹齢は100-400年であった。樹齢100年以下の若い樹木が点在する場所もあるが、多くの場所は後継となるような若い樹木を欠いていた。このことから、クイセブ川流域の樹林帯は、数百年前の湿潤期に成立したものであり、近年は天然更新が進んでおらず、今後、森林枯死が拡大すれば、川沿いの住民にも何らかの影響が出てくることが考えられる。(本研究は、文部科学省科学研究費補助金・基盤研究A(1)(研究代表者:水野一晴)「南部アフリカにおける「自然環境−人間活動」の歴史的変遷と現問題の解明」の一環として行われている。)