日本地理学会発表要旨集
2007年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 209
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近世関東における定期市の新設・再興とその実現過程
*渡邉 英明
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キーワード: 定期市, 市町, 江戸時代, 関東, 新設
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抄録


 市場網の変遷の仕組みを考える際に、新たな定期市の開始は、その衰退・廃絶とともに重要な局面である。江戸時代の定期市の成立に関して先行研究をみると、定期市新設が厳重に規制されたことを主張する議論と、具体的な新設の例を取り上げてそのあり方を論じる議論とに分かれる感がある。だが、もし、定期市新設が規制されたなら、なぜ複数の市町が定期市新設を実現できたのだろうか。本研究では、この問題の整合的な理解を目指したい。また、近年の研究では近世前期の定期市の成立過程について議論が深められたのに対して、近世中期以降の新設に関する議論は手薄だったように思われる。本研究ではこの点も意識し、18世紀以降の新設を中心に分析した。その手段として、幕府機関が審議した新規市立争論に注目した。そこでは、定期市の新設・再興に対する幕府の論理が直接的に反映されると予想されるからである。この分析の結果、以下のことが明らかになった。
 江戸時代において、定期市の新設は厳重に規制され、18世紀に多発した新規市立争論でも新市を禁止とする幕府の姿勢が明確に窺える。また、定期市の再興や、既設市町における市日増設に関しても、新設に準じる行為と認識されていた。ただし、再興に関しては制度的にも道が開かれており、一定の条件を満たすことで実現された事例も確認できる。再興手続きにあたっては、従来からの市町であることの確認が最初に行われた。そして、市町としての由緒が認められた場合、近隣市町に再興願が周知され、支障がないか確認された。それに対し、近隣市町は再興を了承する旨の請証文を提出したが、承認できない場合は争論となった。一方で、定期市新設の条件は再興と比べても格段に厳しかったが、実現への道は2通りあったと思われる。ひとつは、新市を正式に出願し、近隣市町への影響がないことを承認された場合である。だが、これは武蔵野台地の開拓に伴い、市場網から孤立した地域に新設された小川や鈴木新田の定期市など、例外的なケースである。そして、定期市新設へのもうひとつの道として、開催の既成事実を経年的に積み重ねることがあった。正式な手続きを踏まえずに新設された市は、ひとたび近隣市町から訴えられれば差止めとなる。だが一方で、近隣市町からの申し立てがなければ、公儀が積極的に介入することもなかったとみられる。開設年代不明の定期市の幾つかは、こうした過程で実現したことが予想される。

文献
矢嶋仁吉1956.『集落地理学』.古今書院.
伊藤好一1967.『近世在方市の構造』.隣人社.
杉森玲子2006.『近世日本の商人と都市社会』.東京大学出版会.

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© 2007 公益社団法人 日本地理学会
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