抄録
1.はじめに
都市内の水辺空間は、地球規模で水循環サイクルの一部として人工では作り出すことが難しいという点で、自然由来の環境資産と捉えることができる。また水辺空間がもたらす便益は利水や治水など経済換算が難しいものであり、かつ適切な維持管理がなされなければ災害をもたらすものである。従ってこのような理由から、従来は行政によって水辺空間整備が行われていたが、結果的に市民にとって近づきにくい場所しまう所もある。
近年、都市における水辺空間は、緑地とともに都市の中の貴重な自然空間として評価されつつある。また、地域振興の資源としても注目され、市民が水辺空間に近づこうとする動きが活発になってきている。このとき、これまで行政が進めてきた水辺空間整備のあり方に市民が気づくことになる。このような市民の活動に合わせるように行政施策の転換が求められるようになっている。
このように、市民の観点から水辺空間を環境資産として評価し、積極的に利活用しているNPO団体が増えてきており、こうしたNPO活動から得られる知見が行政施策に反映されることも考えられる。
本稿では、水辺空間が豊富にありかつNPOによる水辺空間利用が盛んな江東区を事例として、市民によって水辺空間の環境資産として再生していく過程を整理することを目的とする。
2.江東区における水辺空間の環境資産形成の主体
江東区は荒川水系下流のデルタ地帯にあって、江戸時代より埋立が行われ、掘割や運河は一部埋め戻されたが未だ多くの水面が存在する。水運とともに育まれた伝統文化や下町人情等の地域文化は依然残っているが、マンション開発により新しい住民が増えつつある。水質汚濁も改善されていて、水辺空間が地域の資源として見直されてきている。
2-1.水辺を区分している縦割り行政
公物を管理している港湾行政、河川行政が存在し、それぞれ利用の制限・促進の基本的考え方が異なっているが、市民利用を促進する理念を含む法体系に変わってきており、利用のバランスを合理的に図る仕組みが必要となっている。
一方、総合企画系の部局により、地域振興や観光振興などに水辺を活用した方策を検討している。これらの事業の推進には、市民の協力が不可欠との認識から積極的に市民活動への支援を検討している。
2-2.水辺を利用する市民団体
水辺の市民利用には、大別して2つの側面があると思われる。1つはイベント等を通じて水辺利用を推進し、多くの市民に水辺空間の良さをPRしようとする市民活動が存在する。もう一つは、都市に残された貴重な自然的空間として水辺空間を認識し、その水質保全や生態系保全などを目的とした環境保全推進活動が行われている。
これらの市民活動は、実施に至るまでの過程の中で縦割りにされた行政部局間の行き来があったり、また地域の一般市民への参加呼びかけなどの活動も伴っている。
2-3.水辺空間の価値を経済的に利用する企業・商店街
水害や水質汚濁などの過去の体験により、水辺空間を遠い存在だと感じていた地元商店街等は、NPOの声掛けによりその価値を理解し始めてきた。それは、水辺を活用することにより来訪者が増え、商店街が活性化するという期待感を持っていることによる。
また、臨海部の大規模跡地を中心に、開発事業者により水辺空間をアピールする不動産開発が進行している。ただし、乱開発によって街全体の価値が下がることを防ぐために開発者間の調整を行うまちづくり協議会が存在する。
3.水辺空間利用を検討する新しい恊働の仕組み(運河ルネッサンス)
本来、水面は公共物であり特定の者が排他的に使用することは原則認められていない。しかし、水辺空間を地域の環境資産として利用しようとするとき、その制約が大きな壁となる。これに対して、東京都では、地域の各主体から成る協議会を認め、協議会により提案される水辺空間の公平性のある利用について規制緩和を行うという施策が始まった(平成19年)。協議会という形式を採用することで、特定者の利権を排除して公共性を高める工夫となっている。
4.水辺空間の管理と利用
河川、港湾、その近傍の陸域からなる水辺空間は公物であるという観点から、市民がその管理計画に参加する機会は少なかったが、近年は行政計画への参加の場が増えつつある。一方で、実際の利用の現場では公的利用に限定されており、商業利用と結びつけたまちづくりへと発展していくには制度的な障害も残されている。
公物が有効に利活用されるために、市民の参加による計画づくりが重要であると同時に、市民が公平に利用されやすい制度づくりも重要である。公物の利用についても、協議会方式などの公平な利用を担保できると考えられる方式などが考えられる。