抄録
1.近世期の測量術と実測絵図
近世前期に磁石を用いて方位を計測する紅毛流規矩術が日本に伝えられ(川村1992,鳴海2007ほか),17世紀中~後期には「万治年間江戸測量図」や「東海道(分間)絵図」といった実測図が作成されている。しかしながら,そうした西洋流測量術が各地で展開され,「分間絵図」とも呼ばれる測量絵図や実測の城下絵図が広く作成されてくるのは,寛政12年(1800)から開始された伊能忠敬の全国測量を契機とする。そうした中には,金沢藩や徳島藩,鳥取藩のように,領内一円にわたって測量事業を展開する藩もみられた。
徳島藩では,寛政11年(1799)に『南阿測地法』全7巻を著した岡崎三蔵らを中心に,文化・文政期(1804~30年)以降,藩領である阿波国・淡路国の測量絵図作成事業が展開された(平井1995)。
岡崎三蔵らの測量事業の詳細は不明であるが,岡崎系実測絵図は,まず「絵図面二寸一町」(約1/1,800)の実測分間村図が作成され,それをもとに「絵図面二分一町」(約1/18,000)の郡図を編集し,最後に郡図を統合して八厘一町(約1/45,000)もしくは 二寸一里(50町)(約 1/90,000)の阿波・淡路「国図」が作成された。このような手続きを経て作成された一国単位の測量図は全国的には数少ない。
三蔵らの測量法を解説した『図解 南阿量地法国図付録』(徳島県立図書館蔵)には,「図取之大法」として「夫レ真ノ図取ハ、先ツ其土地ヲ廻見シテ図取ノ始終ヲ考ヘ、其土地ノ内何方ヨリモ能ク見ユル高キ処ニ引付相成、印旗ヲ二三所立、其間タノ烏兎〔方位角〕ト間町〔距離〕ヲ正シ置キ、夫ヲハ諸方ノ係ニ用ルナリ」とあることから,岡崎らによる測量法は,清水流規矩術をベースとする,磁石(盤針術)を用いて測地点間の方位角と距離を測る廻り検地(複道線法)であった。
2.実測分間絵図の精度
岡崎三蔵らは3代にわたって,阿波国(約580村)・淡路国(約230村)の測量に従事する。三蔵らが作成した分間絵図(村図)には,測量した村界にあたる「外周」の実距離が記されており,山の高さが明記されている場合もある。表1は,文化10年(1813)11月に作成された勝浦郡樫原村,久保村・野尻村,田野々村(いずれも現・上勝町)の分間絵図を,1/5000森林基本図をベースに幾何補正(ジオリファレンス)し,各絵図の村界をGISソフト上でトレースして作成したポリゴンデータの実長と,絵図に記載された外周の距離を比較したものである。
これによれば,外周とGIS測定値との誤差は3%前後である。田野々村については幾何補正する際のコントロールポイント(CP)の設定が不十分であったことから,誤差は5%を超えている。CPを数多く設定できる城下町とは異なり,山間地域における測量図の精度を測る際には,国土地籍データなどの数値情報も必要となる。
3.歴史GISへの可能性
岡崎らの測量事業は,山林で覆われる中山間地域や国境にまで及んでおり,一部の絵図には他村の「飛入地界」も記載されていることから,その主たる目的は村界を確定することにあったとみられる。
他方,主題図的な性格が強い見取図に対して,一般図としての特徴を有する実測分間絵図には,当時の町屋・町並・屋敷地,家屋・集落,社寺,土地利用(田・畠),往還・道,地神・埜神・山神などの祠,河川・水路・堤防,山地(山吹色)が記載されており,これらの地図情報をGISデータ化することで,絵図作成当時の歴史的景観の復原も可能となる。
参考文献
川村博忠1992『近世絵図と測量術』古今書院/鳴海邦匡2007『近世日本の地図と測量』九州大学出版会/平井松午1995「「徳島藩における測量術の展開と分間絵図作成に関する研究」福武文化振興財団研究助成金報告書
付記 本報告は,平成21~24年度科学研究費補助金・基盤研究(B)「近世実測図を活用した古地図GIS解析法の構築」(研究代表者 平井松午、研究課題番号21320158)による。