日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1202
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社会科における地理教育の意義と役割
*村山 朝子
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キーワード: 社会科, 地理教育, 市民性
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抄録
1.社会科における地理教育の重要性が増している
社会科における地理教育を考えるには,教科の目的・目標や教科における役割,他分野との関わりを意識しながら検討することが重要である.この点を踏まえて地理教育の意義や有用性を説かなければ,他分野に対する説得力を欠き,地理教育の力を十分に発揮することはできない.
持続可能な社会をめざす,地球的視野に立つ市民性の育成は,今や教育の世界的な潮流である.平成20年告示新学習指導要領に「持続可能な社会」という言葉が登場し,平成24年全面実施に向けて,社会科教育の学会や教育現場も具体的な対応を模索している.
持続可能な社会の形成には,環境的側面,経済的側面,社会的側面のバランスが欠かせない.自然的要素を包含する地理教育は,環境的側面について科学の成果にもとづき説得力ある説明を展開できる.地形や水文,気候,土壌などの自然的要素を人間活動と結びつけて扱うことにより,地理教育は持続可能な社会の形成に資する社会科教育を牽引する存在となりうるのではないか.
2.地理の社会認識は市民性の育成につながる
社会科の目的は“社会認識を通して市民性を育成すること”とされる.市民性の育成が究極の目的であるとしても,社会科が内容教科であることに変わりはない.市民性は社会認識を踏まえて涵養されるべきものである.社会認識は具体的な事実,事象を通してしか身につかない.地理教育が地域の事例を具体的に取りあげる意味,社会科における地理教育の意義は,この点にある.
新学習指導要領は,社会形成への主体的な関わりまで踏み込む「社会参画」力の充実をあげている.地理教育における社会認識,いいかえれば地理的知識・見方とスキルは,価値・判断・意思決定のための科学的根拠としての役割を果たしうる.それらを活用すれば,「社会参画」力が裏付けを欠いた精神主義的な態度形成に陥ることはない.
3.想像し,予測する.未来志向の地理教育に
人は経験に基づいて考え,判断し行動する.しかし経験できることは限られている.だから人は学び,得た知識をもとに,想像力を働かせて,他人の思いや見知らぬ事柄,体験できないことを理解しようとし,ものごとに対処し,生き方を選択する.「自分はどこでどう生きていくか」を考えることが,豊かな人間形成に資する未来志向の地理教育の本質である.
これまで地理教育は,知識や概念の獲得,現状認識までにとどまり,どちらかといえば,意思決定や将来予測には慎重であった.しかし,これからの地理教育は積極的に将来を展望することに関わるべきだろう. 地理教育が,自然的要素や地誌を排し,捉える事象の経済面を重視すれば,地理教育の公民教育化が進むだろう.しかし,地理教育の今日的意義はこの方向ではない.
地理教育は,経済的発展や開発から環境面に視座を移し,自然と人間社会との関わりについての科学的な認識に基づく市民性の育成を目標の中心に位置づけ,内容の再構成を計るべきである.現在の社会状況について正確に認識し,あるべき持続可能な社会の姿を明示し,それに向かって何をすべきかを考えられるようにしたい.
4.地誌に自然地理と地域史を
では,再登場した地誌はどう構成するべきか. 自然的要素を今以上に組みこみ,他の事象や人間活動と自然との関わりを具体的に取りあげることが必要だろう.加えて,とくに世界については,地域史を大胆に入れて構成することを提案したい.教育における地理と歴史とは,事象を捉える切り口であって,対峙するものではない.地域性を総合的に捉えるには,歴史も自然も欠かせない.歴史的分野において日本史中心の通史が続くならば,なおのこと世界地誌で地歴連携を図るのは当然である.そうすることにより,地誌は高校世界史にも貢献できるだろう.
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© 2011 公益社団法人 日本地理学会
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