抄録
1. はじめに
インドシナ半島ではモンスーンの影響を受けて1年が雨季と乾季に大別される.2011年6月~9月にかけて平年より雨の多い状況が続き,メコン川中・下流域でも集中的な降雨がみられたことから,通常の雨季を越える規模の洪水となり,多くの被害をもたらした.この水害は,メコン川下流域で2000年に発生した,いわゆる2000年水害(たとえば,海津ほか, 2004;久保, 2006)以来の規模となった.10月28日付カンボジア国家防災委員会による発表では,1)24州のうち18州で洪水被害がみられ,2)約35万世帯(160万人以上)が被害を受け,約5万1千世帯が避難した,3)死者247名,負傷者23名に達した,4)約24万ha(10.7 %)の水田に被害があった,等が主な被害状況として報告されている(United Nations in Cambodia, 2011).本発表では,現地調査および資料分析結果をもとにして2011年水害の実態を明らかにし,それと関係する微地形(たとえば,Kubo, 2008)について議論する.
2. 洪水痕跡調査および資料収集
洪水による湛水深と微地形との関係を把握するため,2012年3月14日および15日に,プノンペン周辺の主要国道沿いに洪水の痕跡調査を実施した(南雲・久保).国道5号線(トンレサップ川),6号線(メコン川上流側),1号線(メコン川下流側)等に沿って多数の洪水痕跡が確認され,レーザー測距計(Tru Pulse360)を用いて,国道等の道路面と水面や水田面・洪水痕跡の比高を測定した.また,洪水時の衛星画像や水文データ等も収集した.
3. プノンペン周辺の浸水範囲,浸水深と微地形
2011年洪水と2000年洪水の最大浸水域を比較すると,支川であるトンレサップ川~トンレサップ湖沿いの浸水は2011年の方が広く,下流のメコンデルタ域(ベトナム)では2000年の浸水域が広くなるという傾向が認められた.また,プノンペン周辺における洪水痕跡調査の結果,平野の微地形と浸水状況・浸水深には一定の対応がみられ,久保(2006),Kubo(2008)の結果と一致した.すなわち,緩扇状地の縁辺部に位置するプノンペン中心部はメコン川・トンレサップ川合流部に接しているものの,2000年洪水時と同様に,溢流はみられなかった.また,メコン川沿いの自然堤防の部分もほとんど冠水しなかった.これに対し,後背湿地ではトンレサップ川沿いで4 m以上,メコン川沿いで2 m以上の浸水深となった.久保(2006)およびKubo(2008)で区分した高位沖積面(higher alluvial surface)は通常の年には浸水しないが,2000年および2011年洪水では広く冠水した.一方,トンレサップ川とメコン川にはさまれた地域では,高位沖積面の浸水深は最大2 m以上になった.以上のように,2000年や2011年のような通常の雨季を超える規模の洪水の時には,洪水はメコン川の氾濫原を利用して流下するとともに,トンレサップ川沿いの後背湿地に深く湛水することが改めて示された.
4. 内陸部の支川における水害
トンレサップ湖に流入する最大の支流,セン川下流域でも,近年最大規模となる洪水になった.コンポントム市で観測された水位データでは10月初旬に13.85 mに達し(MRCによる),平年の雨季(2002年~2006年平均最高水位; 13.15 m)よりも高水位の状態となった.衛星写真の判読からは浮流物質を含む洪水流が氾濫原上を流下する様子が認められ,現地での聞き取りでは通常の雨季には越流しないような蛇行流路の屈曲部分でも,洪水流の氾濫原への進入があったことが確認できた.また,メコン川・トンレサップ川の氾濫原と同様に,微地形区分(Nagumo et al., 2011)と浸水域に対応がみられている(南雲ほか2012).