日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 818
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発表要旨
都市再開発をめぐる合意形成過程にみられる変化
大宮駅東口地域を事例として
*泉谷 拓
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抄録

高度経済成長期以降、土地の高度利用化と都市の機能更新を目的とする市街地再開発事業が鉄道駅周辺を中心に全国各地で展開されてきた。武者(2006)は、とくに地方都市において、潤沢な国庫補助に支えられた大規模再開発事業が一貫して継続してきたことを指摘している。しかし、バブル経済崩壊後全国の地価が下降傾向を続ける中、民間需要の低迷もあり、土地の高度利用化をともなう都市再開発は大規模事業ほど経済的リスクが大きくなった。こうした環境下では、事業主体となる地権者や自治体は再開発事業に慎重にならざるをえなくなり、差し迫った事業の必要性のない都市ほどその傾向が強くなると思われる。加えて、まちづくりにおける官民協働・住民参加など社会的意識の高揚も、行政が主導する形での事業遂行を抑制すると考えられる。 また、事業化に際しては地権者のみならず居住者や通勤者を含む広範なアクターの合意形成を以前にも増して重視するようになった。地理学において、こうした状況下の合意形成を扱った研究は松本(2011)など極めて限られている。そこで本研究では、今日的な都市再開発をめぐる合意形成過程におけるアクター間の意識差と関係性、行政の意識の変化について分析・考察し、ポストバブル期の都市再開発事業を経済的視点と合意形成メカニズムの双方から捉えることを目的とする。本研究では、埼玉県の大宮駅東口地域を研究対象地域として選定した。対象地域は新幹線開業にともなう西口地域における再開発を先行事例とし、現在まで長期にわたって再開発をめぐる議論が展開されており、今日的な都市再開発をめぐる合意形成過程の縮図と考えられることが選定理由である。 西口地域においては昭和40年代以降、新幹線開通の計画と並行して行政主導の区画整理および再開発が実施され、大規模オフィスや商業施設が林立した。一方、宿場町・門前町としての歴史があり長期的に商業の繁栄が続いてきた対象地域においても、昭和58年に再開発計画が告示された。しかし、行政による「網かけ」に対する住民運動などの影響から、平成16年に白紙撤回された。それ以降、11のまちづくり団体が結成され、現在も再開発をめぐる合意形成段階にあることから、駅を挟んで対照的な経緯がみられる地域といえよう。現在、行政および各団体は当地域のグランドデザインを描きながらも、現実的には合意形成の実現が見込まれる2団体が活動する地区においてのみ再開発事業が検討されている。いずれの団体も老朽化ビルの所有者や行政など有力地権者が大半を占めており、ともに再開発準備組合として活動している。うち1つは低利用の市有地を抱えており、公共・公益施設および商業、業務機能の複合化を図る事業計画を具体化させつつある。一方で、再開発に消極的な団体は小規模店舗経営者やテナント貸しが大半を占めており、現状維持志向のまちづくり活動をしている。その他、当地域におけるまちづくりのあり方を総合的に検討する団体、女性の視点を生かした提案を図る団体、商店街イベントなどによるソフト面の活性化を図る団体などが精力的に活動している。このように、再開発による権利価値の上昇を見込む団体と事業抑制および現状維持志向で活動する団体などが、当地域内の限られた範囲において乱立・同居状態にある。 昨年、各団体の連携を目的としたまちづくり連絡会が行政主導で発足したが、地区全体の包括的な合意形成は難航しており、当面は街区単位で検討せざるをえないのが現状である。行政は各団体の勉強会への参加や補助金による活動支援に取り組んでいるものの「地元からの積極的な動きがあれば協力する」と述べるなど、実質的にはオブザーバーとしての役割に終始している。事業計画の白紙撤回という過去の教訓に加え再開発に伴う経済的リスクの懸念を背景として、行政は多様な意見をもつアクターによる情報発信を推奨しつつも、積極的な合意形成には慎重な立場を貫いていると考えられる。都市再開発は、事業実施に伴う経済的リスクの最小化と多様な意見をもつアクター間での合意形成が事業遂行の条件となりつつある。結果として、合意形成の前段階から議論が長期化し、事業が遂行可能な地区のみで実施されるために点的で小規模な事業が増加していくと考えられる。それでも、民間需要のある大都市および中心市街地の空洞化が進む地方都市における再開発事業は、採算性が確保できる限りにおいて行政が主導する傾向が見込まれる。一方で、少なくとも中心市街地の空洞化に直面しておらず、差し迫った事業の必要性のない都市において、行政は再開発事業をめぐる合意形成過程において戦略的にオブザーバーという立場をとり、まずはアクターの多様な意識を表面化させることに注力するものと考えられる。

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