日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S202
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発表要旨
防災教育について再考するための3つの視点
*矢守 克也
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抄録
本発表では、「防災と言わない防災」、「防災に関する教育/防災を通した教育」、「助かる教育・学習/助ける教育・学習」、以上3つの視点を通じて、防災教育について再考したい。
「防災と言わない防災」:ふだんとまさかの接点
2011年3月11日、岩手県野田村保育所。海岸近くに位置し、15メートル超の津波に襲われながら、100人以上の園児と職員が全員無事に高台に避難を完了した。鍵の一つは、日々の「早足散歩」にあった。散歩だから、一義的には、健康・体力づくり、自然や地域の人びととのふれあいなどを目的とした活動である。しかし同時に、それは子どもたちに避難路を刷り込むためのプロセスだったし、職員たちには、避難場所までの所要時間や経路を、子どもの体調、天候、季節差なども考慮して探るための機会でもあった。 所変わって、茨城県水戸市の保育所。ここでは、ふだんから異年齢保育が実践されていた。激震が襲う中、0歳から6歳までの120人以上の子どもたちが、だれひとり悲鳴を上げることも泣き出すこともなく、職員の指示に従って落ち着いて園庭に避難した。年長児がしっかりと年少者の手を取る姿があちこちでみられた。 これら2つのエピソードのポイントは、防災教育とは銘打たない防災教育である。
「防災に関する教育/防災を通した教育」
自然の猛威やメカニズムについて学ばせ、身を守るための知識・スキル群を身につけさせることも結構だが、そうした「防災に関する教育」だけが防災教育だろうか。災害は、人間・家族・社会に対する最大級の衝撃である。災害を、人間の生き方の問題として、家族の問題として、社会の問題として位置づけ、子どもたちとともに考えていくこと、言いかえれば、「防災を通した教育」も、防災教育を磨きあげていくためには必要だろう。 具体的な事例を一つ。2014年3月11日、筆者は野田村にいた。阪神・淡路大震災の被災地で活動した父雅文さんの背中を追い、父と同じ神戸市消防局に入った井上奈緒さんに野田小学校で授業をしてもらうためだった。雅文さんは地震直後に出動した。「家族を置いてなんで行くの」。奈緒さん(当時小1)は不安を募らせた。雅文さんはその後、2週間家に帰らなかった。成長するにつれ、父親の任務の大切さを理解するようになった。父親と同じ消防士になることが夢になった。兵庫県立舞子高校環境防災科を卒業後、神戸市消防へ入局した。授業で、奈緒さんは「夢はありますか」と野田村の子どもたちに問いかけ、「きっとかなえられる」と力を込めた。 大災害からの日々は、何かが失われる「風化」のための年月ではなく、何かが生まれ成長するための年月でもある。奈緒さんの震災後の人生は、もちろんすべてが順風満帆だったわけではないが、こうした成長の物語を子どもたちに提供することもまた、防災教育の重要な一こまである。たしかに、「あのとき」を振り返り、その反省の上に立って防災に関する知識やスキルを身につけること(「防災に関する教育」)も大切だ。しかし、子どもたちにとっては、防災が人間(特に、自分たちと同じ子ども)やその家族に何をもたらしたのかを知ること、それを踏まえて自分たちの将来を展望することも重要である。その際、展望する先に見つめるものが、また来るかも知れない災害に「どう備えるか」だけでは少々さびしくないだろうか。
「助かる教育・学習/助ける教育・学習」
「防災教育の目標は何か」たいていの場合、「子どもたちが自分の身を自分で守ることができるようにするため」という答えが返ってくる。「自助の姿勢と力を養うため」と表現する方も多い。 しかし、あえて、この目標を、防災教育から、少なくとも、そのスタート地点から外してみよう。防災教育について考えるとき、あたりまえのように設定されるこの点が、プロセス全体を支える基調として働くことについては、筆者も異論はない。ただし、この目標を、防災教育のスタート地点に据えることについては、疑問の余地がないわけではない。というのも、そうではないやり方もあるし、むしろそれが教育上の効果をあげている実例もたくさんあるからだ。 では、自分の身は自分で守ること、つまり「助かる」ことの代わりに何をスタート地点とするのか。それは、他人の身を守ること、つまり「助ける」ことである。もう少していねいに書くと、特に、自分にとって(一番)大切な人の身を守ったり、助けたりすることである。なぜ、この点を防災教育のスタート地点として設定することが有効だと言えるのか。本発表では、「津波てんでんこ」という言葉の真意を探ることが通して、また、筆者自身が高知県等で展開している「個別避難訓練タイムトライアル」(小学生が地域の高齢者の避難訓練を一人一人支援する仕組み)を通して、この点について考える。
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