日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S407
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発表要旨
農山村の高齢社会化と田園回帰の可能性
*中條 曉仁
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抄録

1.地域社会の高齢化と「田園回帰」論
 近年,高齢社会化が進む農山村に対しては「限界集落」論や「地方消滅」論が流布される一方で「田園回帰」論が提起され,農山村へのまなざしに変化が生まれつつある。
 「田園回帰」論については,移住者個人の実践に注目した報告が中心であり,現代の農山村における田園回帰を展望するためには,高齢地域社会というコミュニティの現実に目を向けて議論することが必要であろう。
 本報告では,ホストとなる地域社会にとっての移住者の存在意義や,移住者にとっての地域社会の意義について検討する。また,Ⅰターン移住者のみならず出身地域に帰還するUターン移住者にも注目して,高齢社会化が進む農山村において田園回帰がどのような地域的作用をもたらすのか,田園回帰を支える農山村の福祉的環境をも提示しながらその可能性を検討したい。

2.高齢地域社会における移住者の役割とそのインパクト
 高齢化に直面する農山村では,地域構成員のそれぞれが重要な役割を担う存在になりうる。言い換えれば,これまで周辺的な存在であった移住者の地域的役割が高まる時期に入っているといえる。なぜなら,域内構成員の不足を補うために域外の人的資源にアクセスする必要が生まれやすくなり,移住者に期待を寄せるようになるためである。
 田園回帰によってもたらされる移住者は,引退が進む団塊の世代におけるUターン者やIターン者,子育て世代を含む若年世代のそれが中心に想定されている。人口の確保は地域存続の絶対条件であるが,既存住民に対する少子化対策だけでは費用や時間もかかり即効性に乏しい。移住者の確保は人口のみならず,農山村の社会経済にとっても即戦力につながる。移住者のうち,団塊の世代の人々は三大都市圏以外の地方圏で生まれ育った経験を有しているため,農山村の環境に適応しやすいという利点が見いだされる。しかし,高齢移住者は加齢に直面する世代でもあり,突然の病気やケガ等により地域社会からの引退を余儀なくされやすいため,若年移住者に対して地域づくりへの担い手としての期待がある。「地域おこし協力隊」はそれに該当するが,若年世代には高齢世代にはない発想やスキル,社会的ネットワークを有する人が多く,それが地域づくりに活用される可能性を有している。
 このような移住者が地域社会にもたらすインパクトとして,大きく2点を指摘することができる。一つは地域社会の人口や世帯の維持である。農山村が小規模コミュニティゆえに,移住者が少人数であっても大きな意味を持つ。例えば,子どもの随伴移動によってもたらされる児童・生徒数の増加は学校の存続につながり地域社会にとって意義深い。また,移住者の確保は直接的には人口維持へ作用するが,彼らの存在が新たな移住者を引き寄せる可能性があり,移住者を地域住民として「育てる」という視点が必要であろう。二つは人材の確保である。集落組織など「ローカルな地域社会の担い手」の確保という点で重要である。さらに,移住者の有する知識や技術などは地域住民にはない要素があり,そこから生まれる地域住民との相互補完性が地域資源の活用に生かされている。その中から新たな雇用が創出されることも期待される。前述するように高齢社会化が進んでいるため,移住者に地域社会の後継者という地位が付与されうる。

3.移住者の生活を支える農山村の福祉的環境
 田園回帰に対しては,地域社会に内在する福祉的環境の獲得という面にも注目する必要があるだろう。移住者からみた福祉的メリットとして,居住環境や子育て環境の良さ,生きがいのある地域生活が挙げられる。特に,育児や生活支援等に機能するサポート源を地域社会なかで確保できることは大きい。また,前述のように地域社会において一定の役割を得られやすい環境があり,それを生きがいに結びつけやすいことも指摘できる。介護認定度の低い「元気な高齢者」が多いことはそれを示しているであろう。さらに,農山村では集落において互いの情報が共有されやすいため,生活維持に必要な手段的・情緒的なサポートを近隣住民側から提供されることがある。一方,農山村では生活コストの削減も可能となりやすい。初期投資はかかるが長期的には住居費を逓減できること,食糧生産の現場でもあるため日常的に近隣住民から食料品(農産物や水産物)を手に入れやすいことなどが挙げられる。
 ただし,コミュニティにおいて社会関係を構築できない移住者も当然ながら存在する。移住先での地域社会にいかに定着させていくか,移住者をサポートする仕組みづくりが必要である。

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