抄録
1.はじめに
都市の長期的な気温上昇は,ヒートアイランド効果(UHI)と地球温暖化(GW)の重ね合わせによって生じている.過去20年間で,日本の大都市のUHIはそれ以前に比べて進行速度が遅くなっているが,東南アジアの大都市は大きく発展し,UHI効果もまた非常に強くなった(Doan and Kusaka 2016).将来の気温変化に対してもこれらの都市のUHI効果はさらに強まると思われる.そこで,本研究では,ホーチミン都市圏を対象に,現在から将来までの都市化に伴う気温上昇量と地球規模の気候変動に伴う気温上昇量を比較解析する.ベトナムの大都市を選んだ理由は,この国が作成する将来都市のマスタープランの不確実性が他国の大都市に比べて小さいと考えられるためである.
2.手法
都市気候予測計算には,NCARで開発されたWRFモデルの都市気候計算用改良版(以下, WRF-urban)を用いた.WRF-urbanは,Doan and Kusaka(2016)によって改良されたWRF モデルで,公式版のWRFでは扱えない緑被率や人工排熱の2 次元マップを導入することでき,気温分布がより詳細に表現できる.WRFモデルの水平分解能はネスティング領域の1~4の順に27km,9km,3km,1km とした.現在気候の再現実験の初期値・境界値には,NCEP-FNLを用い,将来気候の初期値・境界値には疑似温暖化データを用いた.疑似温暖化データは,3種類のCMIP-5の全球気候モデル(CNRM-CM5, CMCC-CM, MIROC-ESM)の将来予測データの温暖化差分とFNLの現在気候値から作成した.将来シナリオとして,RCP4.5とRCP8.5を採用し,対象年代は2010年代(現在)と2050年代(将来)とした.また,対象月は,ホーチミン市の最暖月である4月とした.現在の土地利用はUSGSデータをベースにLandsatデータを用いて独自に修正したものを使い,人工排熱データは統計値から推定した.将来の土地利用は,ベトナム政府のマスタープランをベースに作成し,人工排熱データは人口変化や経済予測を勘案して推定した.
3.結果と言及
RCP4.5を採用した場合の将来予測計算の結果,GWとUHIの影響によって,将来開発される地域の4月平均気温は1.7℃上昇すること,そのうち,GWの影響が1.2℃で,UHIの影響が0.5℃であった.この結果は,少なくとも疑似温暖化手法を用いた場合,GWとUHIの線形和で将来の都市気温を予測することが可能であることも示唆している.また,RCP4.5とRCP8.5による都心の気温の違いは,都市化を考慮した場合としない場合の違いと同程度であった.このことは,都市気候の将来予測を行う場合,将来都市シナリオの不確実性が地球規模の社会経済シナリオの不確実性と同程度に重要であることを示唆している.
本研究で得られた知見は,気候変動の研究,とりわけ,来るべき超高解像度全球気候モデルを用いた将来予測研究や高解像度力学的ダウンスケールの研究時代に向けて,地域気候予測計算の際には将来の都市化の効果も気候モデルに反映させるべきであるという有用な情報を与えることができるだろう.
参考文献
Doan, Q.V., and Kusaka, H. 2016: Numerical study on regional climate change due to the rapid urbanization of greater Ho Chi Minh City's metropolitan area over the past 20 years, International Journal of Climatology, 36(10), 3633-3650.
Kusaka, H., Suzuki-Parker A., Aoyagi T., Adachi S.A., Yamagata Y., 2016: Assessment of RCM and urban scenarios uncertainties in the climate projections for August in the 2050s in Tokyo., Climatic Change, 137 (3), 427-438.
謝辞
本研究は,文部科学省「気候変動適応技術社会実装プログラム(SI-CAT: Social Implementation Program on Climate Change Adaptation Technology)」の支援により実施された.また,本研究で実施した数値シミュレーションは,筑波大学計算科学研究センター学際共同利用プログラムで実施された.