抄録
はじめに
2012年に立山にある御前沢雪渓,三ノ窓雪渓,小窓雪渓の3つの雪渓が,地中レーダーによる内部氷河氷の存在とGPSによる流動観測から,氷河として認定された(福井・飯田,2012).樋口(1968)は,日本の氷河・雪渓の涵養機構は,吹きだまり型,なだれ型,複合型の3つに分類しており,多くの谷地形の中で3つの氷河が発達するには地形的な環境が大きく影響していると考えられる.また,五百沢(1979)は,三の窓と小窓氷河の写真判読から,氷河の涵養区と消耗区がパッチ状に分布することを示した.立山で氷河の存在が確認されたが,これら氷河の現在の質量収支や年々の変動幅,そこに存在する地形的要因は明らかでない.そこで,本研究では,北アルプス北部の6つの氷河・雪渓を対象に,2015年秋~2016年秋,2016年秋~2017年秋の氷河・雪渓の質量収支と変動幅,涵養・消耗域の分布について調べた.
2.地域概要
北アルプス北部地域は,世界的にも降雪量の多い豪雪地域であり,世界のベンチマーク氷河とは異なり,非常に特異な環境で氷河は維持されていると考えられる.室堂の積雪深観測結果によると,2016年は最近20年間で最も積雪深が少ない年であり,2017年は最近20年間で3番目に積雪深の多い年であった.
3.研究手法
研究対象地域は,北アルプス北部の御前沢氷河,内蔵助雪渓,三ノ窓氷河,小窓氷河,カクネ里雪渓,白馬大雪渓である.2015年秋~2017年の春と秋に小型セスナ機からデジタルカメラで空撮を実施し,撮影されたデジタル画像と2次元の形状からカメラ位置や3次元形状を特定する手法であるSfM(Structure from Motion)ソフトのPix4Dmapperを用いて,多時期の高分解能の数値標高モデルを作成した.作成したDSMの精度検証は,現地で測量したGPSデータやDSMと比較した.多時期のDSMを比較して,氷河・雪渓の積雪深と融解深を求め,春の立山室堂の積雪密度積により氷河・雪渓の積雪量,融解量,氷河の質量収支を算出した.
4.結果
算出された御前沢氷河,内蔵助雪渓,三ノ窓氷河,小窓氷河,白馬大雪渓,カクネ里雪渓の質量収支は,2015年秋~2016年秋でマイナス,2016年秋~2017年秋でプラスだった.2016年秋~2017年秋の小窓氷河の涵養・消耗域の分布をみると,全域で質量収支がプラスだが,その中でも収支が大きくプラスの場所はパッチ状に点在していた.これは五百沢(1979)が示した小窓氷河の涵養区のパッチ分布と一致する.涵養量の多い場所は,背後の集水域が比較的大きく,雪崩による供給がある地形場だった.2015年秋~2016年秋は全域で質量収支がマイナスであり,2年目にみられたパッチは完全に消滅していた.
5.考察
2年間の質量収支幅は大きく,その年の積雪量に左右される.涵養機構は,降雪だけでなく雪崩や吹き溜まりなどの地形効果による影響が大きく,パッチ状に分布するように,明瞭な平衡線を確認できなかった.