日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P038
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発表要旨
地理と生物の教科横断的な学習からみる自然地理学習の課題
*吉田 裕幸田中 岳人山本 隆太
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抄録

1.背景

現代世界においてフューチャーアースに代表される持続可能性に関する取り組みは喫緊の課題である。また,自然地理学では統合自然地理学(岩田2018)のように、統合的・総合的なアプローチに対する志向性が高まっている。こうした社会や学術の動向に合わせ,地理教育は自然地理学習を改善していく必要があるが,用語の改善や防災に関する議論は見られるものの,肝心の統合・総合性を扱うものは多くはない。そこで本発表では、総合・統合性の地理授業の展開に向けて,生態系を取り上げその自然地理学習の実践とそこから見えた課題を報告する。

2.地理学習における植生の位置付け

地理教育における自然地理学習は、戦後、様々な変遷を見せた。自然地理的な内容全般については概して、指導要領の変遷に伴って自然の成因的な内容の扱いに変化があった。戦前の自然地理的内容では,現在の地学や生物で取り扱われる内容が取り扱われており,特に戦後直後は気候区分図などの分布図以外は,地学と生物に内容が移行した。その後、自然地理は徐々に成因的内容の回帰をみせてきた。本発表で取り上げる植生については、過去の教科書においては記載の分量は多くなく,また,戦前と戦後で取り扱われ方が異なっている。

 戦前期は「陸界」、「水界」、「気界」と並んで「生物」という独立した項目があり、そこで植生や動物の地理的分布が取り扱われた。戦後,ケッペンの気候区分が扱われるようになると植生の記載が加わったが、動物に関しては取り扱われなくなった。植生を基調としたケッペンの気候区分の定着の前後で,生物的内容の位置づけが変化したといえる。戦前では独立した項目として植生や動物の地理的分布が取り扱われ、戦後では植生のみがケッペンの気候区分の枠組みで取り扱われるようになった。

 こうして植生は気候と組み合わせて扱われるようになったが,2018年改訂の高校学習指導要領の地理探究では,植生が生態系に置き換えられた。これについては、平成 21 年版で「植生」としていたものを,「地球規模の気候変動や環境変動などを捉えるためには,陸域の植物だけでなく,サンゴなどの海洋生物に加えて動物なども含めた生態系の空間的広がりや変化を捉え,その要因を多面的・多角的に考察する必要性が増していることから,環境学的アプローチとして新たに示したもの」(文科省2018)とされた。なお同解説では,国際地理教育憲章から「地域のもつ統合的システムは,一つの地球的生態系の概念へと導かれる」という箇所を引用している。新指導要領では、地球的な環境変動を取り扱うために生態系の概念を導入し,より統合的・総合的アプローチの重要性が増大したことが伺える。

3.生態系を取り入れた自然地理学習

 そこで、生態系を取り入れた学習を構想した。生物基礎の内容からバイオームを取り上げ,「日本の植生・バイオームから考える」という高校地理Bの授業を行った。

 授業では、「生物の全体」を意味するバイオームの意味から説明を始め、バイオームの分布とケッペンの気候区分の共通性に触れた上で、食物連鎖の概念と組み合わせることで植生の概念をバイオームまで拡張した。また,両者において植生の変化を降水量と気温に着目することで変化が予測できうることを説明した。その上で、ケッペンの気候区分を振り返りつつ、そこから地理として人間生活にも話題を広げ、「地球温暖化が進むと、日本の植生はどのように変わり人間生活はどのように変わるか?」という課題に取り組んだ。その際、熱帯雨林の破壊の事例を参考とさせた。授業後のアンケートでは、「多角的な視点を養うことで他の問題にも応用できるし、逆に片方の視点だけから学ぶと考えが偏ると感じたため」などのように,横断的に学ぶことによる両方の科目へのポジティブな影響があるといった意見が多く得られた。

4.まとめと考察

 本発表では,統合的な自然地理学習に向けて取組みの一例として、バイオームを取り上げた学習を紹介した。本実践事例のように統合的な観点を含む自然地理学習により、環境問題や地球的諸課題の解決に向けた学びとなりうることが示唆された。今後は,統合自然地理学の研究成果の中から学習指導要領と合致するような事例を検討する必要があるといえる。学習指導要領の解説において生態系が導入される意図については,サンゴ礁が事例として挙げられたことの意味やその適切さについて議論の余地があるように思われる。

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