主催: 公益社団法人 日本地理学会
会議名: 2020年度日本地理学会春季学術大会
開催日: 2020/03/27 - 2020/03/29
はじめに
2019年10月に本州に上陸した台風19号は、著しい降雨量に対して従来の人工構造物による治水対策は脆弱であることを示した。近年の地球温暖化により、日本では1時間当たり50 mm以上の降雨量を記録する回数が増加傾向にある(気象庁, 2018)。これに対して、現在の治水対策は1時間当たり50 mm以下の降雨量に対応するよう設計されているものが多い。多くの研究は、これらの従来型の治水管理方法の限界を明らかにしており、代わりとしてNatural Flood Management (NFM)などの自然河川が本来もつ作用・機能を活かした洪水対策が有効であると主張している。英国ではEnvironment Agencyの主導の下、このNFMが推進されている。その成功例として挙げられるのが、河川の再蛇行化や氾濫原(湿地)の創出を行った、ロンドンを流れる都市河川River Quaggyである。
本研究では、このNFMの際に増加する氾濫原と河道の粗度に着目し、River Quaggyと埼玉県を流れる都市河川、砂川掘の治水に対して粗度上昇がどれだけの影響を与えるかを検証した。River Quaggyと砂川堀は、河道延長・流域面積・土地利用などで類似の特徴を呈する為である。以上の点から、本研究では1) 河道や氾濫原を含む河川周辺の地域の緑化に伴う粗度の増加は洪水にどのような影響を与えるか? 2) 河道沿いに低地をつくり洪水を貯留することで洪水を軽減することが出来るか? 3) 自然再生と洪水リスクの軽減を両立させるにあたってはどのような河川再生計画が適しているか?という点について検討する。
手法
モデリング: US Army Corps of Engineerによって設計されたHydrological Engineering Centre’s River Analysis System (HEC-RAS)を用い、対象河川の河道と河道周辺域の粗度(Manningの粗度係数n)を上昇させた。初期値は、河道=0.013 (コンクリートを示す)、河道周辺域=0.03(まばらな植生を示す)とした。また、DEMを用いて遊水機能を持つ架空の低地を生成した場合に、この低地が洪水を貯留するかも検証した。河道延長はそれぞれ、17km (Quaggy)、14km (砂川堀)、平均勾配は1/137 (Quaggy)、1/90 (砂川堀)である。降雨量はそれぞれの洪水時の実測値を使用した。なお、氾濫原(湿地)は河道と繋がっている場合、洪水を吸収する作用を有するが本研究ではその作用は組み込んでいない。
結果と考察
River Quaggyの流出率(実測値から算出)は2002年のNFM実施以降、減少傾向にあることが示された。このことから、NFMはRiver Quaggyに対して治水効果があることが証明された。一方、砂川堀でHEC-RASによって河道粗度を上昇させた場合、上流では水位の低下がみられたが反対に下流では水位が上昇した。一般的には河道粗度を上げると上流で水が滞留するため上流での水位上昇が考えられるが、砂川掘上流の河川勾配は急であるため河道粗度を上げても水位が上がらなかったためと考えられる。これに対し、河道周辺域の粗度を上昇させた場合には、上流で水位が上昇し、下流では減少した。これは河道周辺域の上流で水が滞留するため水位が上昇するが、反対に下流は上流で水が滞留されているために水位が下がったのだろうと分析した。また、河道沿いの遊水地はほとんどその効果を発揮せず、粗度の増加に比べて治水効果が弱いことが明らかになった。
結論
River QuaggyではNFM実施により流出率の減少がみられたため都市河川でのNFMの有効性を認めることができた。これを受け、日本の砂川堀でNFMを行った場合の効果についてモデル実験を行った。その結果、河道と河道周辺域の粗度を上げる方が低地をつくって洪水を滞留させるよりも効果があるこという結果が得られた。これらの点から、日本でもNFMの実施には効果があると期待できる。
参考文献
気象庁(2018)『気候変動監視レポート2018』